第7話 肉を切らせて骨断って
鋭利が閃く。故意がきらめく。
へたくそな求愛は、火傷するくらいの冷徹を纏った。
「おっ!?」
自らの二の腕を切り裂き、垂れる血をまぶすことで視界を閉ざされた。センスあるじゃん。
プロはそこからリズムをくずして波状攻撃を行うものだが。純な少年は実直にワシめがけた。
ここらへんかな、あたりをつけて振りかぶる。拳はみぞおちをノックする。
「げほっ」
終わりだろうと思った矢先、ナイフが腹の薄皮を断つ。
ヒュー、やってくれんね。
「根性ありますね」
「生まれつき、痛みに鈍感なんだ」
「もったいな」
こびりついた血を拭って、さぁ楽しもうかと思った矢先──。
「え?」
黒。つぎに鉄、死。わお唐突。
狡犬くんは、拳銃をこちらに向けていたのだ。
ニューナンブM60。五連式リボルバ。
反射的にのけぞる。マズルフラッシュ、銃声。
親の顔より知る、火薬の匂い、肌のざわめき、わめく耳鳴り、危機の味。
「驚いた!」
ニューナンブは警官の標準装備。少年がどうして?
「子供というのは便利だよ。それだけで大人は油断する」
彼には彼の物語があったということだ。
「あなた相手なら、使っていいと思うんだ」
「ときめいた!?」
くそっ、くそっ。楽しんでやろうと思ったのに。焦らして遊ぼうとなめずっていたのに。誘惑してから、盛っちまうじゃん。
ドクドク。ドクドク。
しゃんと受け止めるから。君の愛を飲み干すから、あぁ、ぜんぶをぶちまけて。
「撃て!!」
発射。右の耳介が飛んだ。
やきごてを押し当てられたかのよう、馬鹿げた熱だ。拍動するたびに吹く、血液情報がとめどなく。激痛がラブを知らせ、やんまは累乗倍にお楽しみ。
ケセラと歯を鳴らし。
唇を噛み切る赤く微笑む。
麻薬的な
うはっ。
「ぶっ殺す!!」
素人め。片手で銃なんて撃ってから、反動で腕が浮く。がら空きになったわき腹にむしゃぶりついて、啜ってやろうか。
だが彼は「肉を切らせて? 骨ごと断って?」迷いなく攻撃動作に入る。
それは空を裂くような……。
銃撃モーションじゃない!
いっい、銃は囮というわけね! 本命は逆の手で握るナイフだ。
わざと隙を晒すことで、ワシをナイフの有効範囲内へ誘導。結果殺されようとも、必ず一太刀を浴びせてやるという、捨て身の抱擁。
生を勘定にいれていないやつはまったくすごい。
よけるのは容易い。それをワシの習性が否定する。
まっすぐと。一直に。
「直一!!」
「シッ──」
突き出された
刺されることが確定しているのなら、部位はこちらが指定する!
刃が拳に貫通、スッと肉へ滑り込む。ゆえに──。
握りしめられる。ギュッと。力強く。そのまんまいっちゃえ。
どばどばと!
「らぁ!!」
テンプルを殴る。手応えあり。
狡犬くんは気絶した。
ナイフを引き抜き、せっかくだしトドメを刺してあげようと血脂を拭うも。
「失禁しているよ……」
大人なんでね、思いとどまる。
「ん? ちょっとまって? 狡犬くんは他者に殺されることで、加害者の特別になろうとしていたわけだよな。あー。なら、ワシじゃダメじゃん」
百人殺したら英雄になれるらしいけれど。そのまえにまず慣れる。
幾たびの戦場で屍の山を築いたワシからはとうに──。
「絶対忘れる」
個々を記憶する機能は損なわれていた。
「しかたない。友達から始めましょうか」
*
決闘からしばらく。
「狡犬くん、この服どうですか」
「いいんじゃないの。店員さん、どう思う?」
「は、はひっ。とてもよいと、おもいます、はい」
ワシら二人は古着屋へ入店していた。
コラコラ。人様に銃を向けるんじゃない。たとえ正しい使い方だったとしてもだ。
「狡犬くん、脅さなくたってワシは商品をもらえるんだ。被災地外のブレーンが遠隔で購入してくれたのです」
狡犬くんが銃をおろすと、店員は一目散に逃げだしていった。
先のじゃれ合いを終えたのち、ワシらは血まみれになった病衣の代わりを求めた。
彼は動きやすそうなジャージ。ワシは患部を包帯でぐるぐる、迷彩ジャケットを着こむ。もはや負傷兵にしかみえなかった。
新しき酒は新しき皮袋に。
冒険気分♪
「じいさん、あんたの提案はよくわかった。だからこそ約束して」
「おうさ。その時が来れば必ずこの手で殺してあげる」
男と男の、銃創より重症な契りです。
なぜワシは狡犬君を殺さなかったのか。
今殺しても、ワシが殺めてきた不特定多数の一にしか彼がなれないから。
彼の望みは一貫している、誰かの特別になること。
つまりだ。ワシが死ぬその瞬間まで思い続けていられるような。走馬灯に登場する光のひとつに彼がなれれば。
罪悪感だとか。背徳感だとか。忘れがたい快感だとか。
そんなものをかみしめる儀式のため、彼をワシ好みの男に仕立て上げる。
ようは別れを劇的にする思い出作り。
「条件は三つ。一つ、ワシの仕事の手伝いをする。二つ、ヨロズとは一切の会話をしない。三つ、ワシら以外の人間に危害を加えない。おーけー?」
配信をしていること、ヨロズがバーチャルで活動をしていることは狡犬くんに説明済みだ。
「一つ目と二つ目はわかる。契約を結ぶ以上相互利益をもたらさなければいけないし。僕は健常者にとって悪影響。最後のはどういう意図? お互いそんな生き方できやしないのにさ」
反論はない。店員で欲求を発散したばかりだ。
「ドキドキもビリビリも、全部ワシのもん。戦争は独り占めにさせてもらいます。君含めてね」
「強欲」
正直狡犬くんは弱い。こんなおもしろいやつ、そうそう死なれては困る。
「にしても、どうしてワシに執着するんです? こんな条件飲まず、よそ様のお世話になればいいのに」
「初めは誰でもよかったんだ。今はあなたという価値を知ってしまった。殺してくれる誰かを選ぶ権利は、僕だけのものだ」
「なんだか恋ににているね。とてもひとりよがりだ」
「へぇ、そんなもんしっているんだ」
「大人だから。安心していい、ワシは存外に惚れっぽいんだ。君の物語はすぐに終わるさ」
雑談もほどほどに、センタ街を後にする。
「嵐がくる」
そんな予感がした。
生ぬるい空気や、凪ぐ日々を大口で平らげて。なにか大きな試練だとか、厄災だとかを引き連れやってくる。そんな予感。
なんとワシのいい予感は、たいてい当たる。
ゴロゴロ。遠雷。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます