第6話 秩序ある狂乱 with dance

 ここでひとつ、八尾やんまという男の話をしよう。

 

 ワシは戦争が好きだ、がもれなく好きだ。


 大元帥のために戦え。上官の命令に従え。たとえ死が待っていようと。玉砕でもって忠誠を示せ。

 これが秩序。

 

 おのが身命をとし、『忠義に散る』こそ美徳たれ。

 嘘のようなホントのお話です、犠牲が英雄視されていた時代、ありました。たった八十年前のできごとです。


 耳を澄ますと、ほら──。

 万歳。万歳。ニホンテイコク万歳。こだまするラッパの音が聞こえるよ。


 しかし。装填された弾丸ほど、ガチに固めた秩序はしかし。ひとたび外界へ発射されたなら、空を切り裂き、鉄を貫き、肉穿つほどの、果てしないとなる。

 

 そう、戦争は自由なんです。秩序っていう大義があらゆるを許すのです。


 ならば!

 

 爆散する脳漿のうしょうに花を見出すのも、お熱い死線で勃起するのも、かの地では重宝された。

 

 生をかなぐり捨て、死さえ受諾し、敵を討つというただ一点のみに集約されたむき出しの信仰心。血染めの神様だけが、心臓を叩いて歓迎した。


 異端というの? かまわない、理解者ならいる。


 人類史をひもとけば、『一度だって争いがなくなったことはない』という歴然が露出する。何千年、何万年、いつの世も人は戦い続けた。

 じつはみんな戦争が大好きなんだ。

 圧政、洗脳、飢餓だって舞台演出。


 ばん!! 


 トリガを引き、撃鉄鳴らし、爆ぜる。それら工程をへて初めて、超音速狂乱は約束される。

 

 いざ踊らんや、オドらんや。おどろおどろの『八尾やんま』。


 日常が嫌いです。

 平和な日々は窮屈です。


 奇麗なお外を歩いてみると。

 善意という後天的な天敵が、我が物顔で闊歩かっぽしていた。

 戦意という先天性疾患を、悪腫と決めつけ排除しようと働いていた。

 それがことだからうんざりなんだ。

 

 人を傷つけてはいけない、人を殺してはならない、ごもっとも。

 やられたらいやなことは、やっちゃダメなこと。正解だ!


 悪いことも、許されないことも、悪人だから普通以上に知っています。

 そしてワシは存外、正義に殉じられた。


 証拠に、終戦からただの一度も、故意に部外者を傷つけたことはなかった。


 蛇口をひねれば水が出る。ボタンを押せばお湯が沸く。三分待てばご飯が食べられる。生き残りはみんな言う。『すごいことで、素敵なこと』。


 これだけの日常で何人だ?


 水道を通す人。電気を管理する人。食材を作る人。食品に加工する人。小売店へ運輸する人。レジを打つ人。


 日常というのは、いく億万という顔も知らないだれかの思いやりで成り立っている。そんな社会に甘んじているくせ、『なんか違う』って壊す理由を、ワシはもたない。


 ヨロズに腹一杯ご飯を食べてもらいたいのに、悪道三昧はまかり通らない。


 だから鬼は、平和という機構にうだつが上がらない。


 一応コレでも信じているし。過去には意味があったのだと。戦争があったからこそ、若者たちの今があるのだと。


 ワシは決して戦争を否定しない。戦争が大好きだから。戦争の上に成り立つ平和を拒絶しない。


 正しく生きることしかできない、ワシは普通の男です。だから普通に、つまらない奴でございます。


 ただし。


 平和主義と戦争讃歌ビリビリは矛盾しない。

 

 ワシは戦争が好きだ。が正しくあれる戦争がもれなく好きだ──。


 やんまはいつだって、秩序ある狂乱を探しています。


「して、今」


 見つけた──。

 ビリビリするやつ。


「ヨロズ、バッテリきれたみたい」

 ただこれは見せらんない。

【え、まじ?】

 通話をきり、すまほをポケットにしまう。


 薬局にはいると、店員と思わしき男三人と盗人がいた。店員は私刑かな、盗人をリンチしていて、今にも殺してしまいそうな勢いだ。


 店員らは丸くなる盗人を踏みつけるように蹴り、警棒を振り回していた。


 ワシは人よりもすこしだけ、本能に対して忠実だから。

 いつだってワクワクするよね、正当性を得た正義の執行は。


 駆け出す──。


「弱い者いじめは、ダメですよ!」


 気付いた時には殴り終えていた。標的1の頬にめり込む拳。奥歯を砕く快音が骨にくる。次撃、すかさずアッパーカット、脳を揺さぶり彼は終わる。


「「兄者ぁ!?」」


 2と3が驚きに飲まれる。ならば簡単に制圧できる。

 それじゃあつまらないので、おじぎした。


「本日はお日柄も良く」


 一拍おくとほら、二人ともども襲ってくれる。

 そうこなくっちゃ。


 警棒で肩を殴られた。こめかみに強烈を頂いた。

 淡くも色鮮やかな、青春時代の青い赤。


「ゾクゾクするね」


 店員は半狂乱。大ぶりの攻撃。

 

 大丈夫、焦らないで。おなじ熱量でしゃんと返すから。

 身を反らす、警棒空振り、がらがらな懐にストライクのジェスチャを!


「ぐはっ!?」

 お、いいの入った、一発ノックダウン。 


「お次は?」

 だめだめ、あからさまな殺意をむき出しにして。目をつぶっていても。

 ぶんぶん。ほらみろ奪三振。


「バッターアウト!」

 正拳突き。のち足で金的。あまりもの激痛に過呼吸、声にもならない悲鳴をあげてころげた。


 じじ臭いこと言いたかないけど、ちとやわすぎるぜ現代人。

 ままならない、満ちたりない。うううう。


 行き場を失くした昂りが、あふれだす──。


「泥棒はダメですよ!?」


 とうに伏していた盗人の顔面を蹴り上げる。ほんとごめん。悪気しかないんだ。歯が高く飛んだ。


「はぁ、はぁ。よがっちまった」


 自罰にほほを叩き、呼吸を整えているとのそり。なんと盗人立ち上がる。

 へぇ、骨ある~。


 彼のみてくれはなんと、十四ほどの少年にしかみえなかった。

 災害にあずかっていない未成熟。しかし風貌にはただならない圧が。


 やせぎすなからだ、似合わない坊主頭。両目は落ちくぼみ、服こそ無難なものをはおってはいるが……。着飾たって暗黒は隠せていない。


 年をとると、ぱっと見で堅気かそうでないかがわかるんだ。

 この子は、経験がある。


「君、矯正院(今では少年院だったかな)あがりでしょ」


 ワシの質問には答えず、彼は肥後守ナイフを取り出し返答とした。


「トぼうとしたんだ。しってる? オーバードーズ。市販薬じゃあどれも厳しいけれどね」

 ナイフを陳列棚にあてがい、鼻歌まじりにコトコト、製品を落としていく。


 お眼鏡にかなう薬がみつかったのか、刃でパッケージを破く。


「用法用量は守ってお使いください」

 切れた口腔内の血をペッと吐き出すと、彼は薬を多量に服薬した。

 

「どうしてナイフがあるのに」

 覚悟もあるのに。こんな雑魚どもに。


「壮絶に殺されてみたい。誰かの鮮烈になってみたい。欲求が空っぽの心を引っ掻くんだ。さしあたってこの人たちは弱すぎた」

 ナイフなんか使ったら、弱者はビビって殺してくれないじゃないかと。

「なるほど」


 殺して欲しいから、殺しやすく振る舞う。

 訂正します。現代いまの若者もほどよく阿呆だ。ドキドキしちゃう。


「僕は幸運だなぁ。じいさん。あんたもコッチ側だろ」

「というと?」


に馴染んでいる。伴侶のごとく。蹴られたからね、わかるんだ。あの一撃は、『殺せるけど殺さなかった』って感じの愛」


 ほう、達っしているね。振り切れているともいえる。

 少年は無邪気に微笑み、口元から粘着質がこぼれていた。


「じいさん、僕を殺して。咬犬こうがみをあなたの特別にして」

「大した男ではないですよ」

「誰でも良い。誰かの呪いになれたなら、それは万感の価値だ」


 まったく埒外は独特な哲学でいきているね。


「老婆心ながら忠告します、やめといたほうがいいんじゃない?」

「両親と姉弟を殺した。あなたの老婆は僕を更生できるのだろうか」


 ……。  


「ここで殺しておかなきゃ、僕なんて奴は誰を傷つけるかわかったもんじゃない。たとえばそう、あなたの孫や、ひ孫だったりして」


 おっと、この子は的確に人の地雷を踏みぬくね。さては店員もそうとう怒らせたな。


 ただワシは老兵、地雷の処理ならお手のものです。たとえ足で起動するのが地雷であっても、君のことを足蹴にしたりしない。


「家族は大切にしたほうがいい」

「死んでもいいなんて言っているやつが、どうして命を重んじられる?」

 

 それもそう。


「ちなみに君は同じだというが、ワシは死にたくなんてないですよ。ワシみたいな孤独な奴は、きっとあの世でだって独りぼっちだ」


「どうせ同じ地獄でしょ」

「ごもっとも」


 ぐぬぬ、最近の若者は弁がたつ。


「八十も下に迫られるとは思わなんだ」

「わるくない気分でしょ。このからだ、じいさんの好きにしていいよ」


「こわっぱが」

「ごっくんだ」


 嘱託殺人は重罪だがな……。

「ま、どのみちワシも同じ墓穴のムジナか」


 望まれていることだ、ワシの倫理に反してはいない。

 子供相手でも同じ。少年兵を撃つ、そこに躊躇ちゅうちょはあってならない。さもなくば殺されるのはこちらだから。いつだって覚悟には紳士でありたいもんです。


「はぁ……」


 しかたない、やってやる。乗りかかった呉越同舟、ワシが目覚めさせた獅子。たとえ身中に毒虫を飼っていたとしても、皿まで食らってやるのが礼節、あまさずペロリだ。

 

「了解した、好きにする。ただし君、殺してはやらんがね。ワシは殺し合いに応じてあげるまでです」

「? 何が違う?」


「素人相手だと大半初撃で気絶する」

 武器があれば別だよ。実感なんて置き去りにしてあげる。

「死にたいのなら、全力で殺されにきなさい」


「三人くらい始末しても、死刑にすらならなかったというのに。ふふ、ぬるっと夢が叶いそう。こいねがわくば今間際いまわぎわ、じいさん、なにかオシャレなことを言ってみせてよ」


 官能的な微笑み、なまめかしい瞳。

 期待してくれるじゃん。


 ふむ……。


「生は有限的で、死は無限的なもの。どちらがいいのかは知らない。ただどちらも、そう悲観的ではない。生きることを恐るるな、死の誘惑に惚れこむな。たとえそれが──」


「話が長い。説教じみている」

「いっい。老人はこれだからいかんなあ」


 さてはて、決闘なんぞ幾年ぶり。律儀に挨拶からいこう。

 秩序をもって、なお狂乱的に──。


「ヤオノモノノベエビスカミ」

狡犬こうがみ直一」


 骨肉相食む戦争を。

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