第4話 ヤオノモノノベエビスカミ
線路沿に植物が繁盛している元町は高架通りを探検。戦後まもなく闇市となり、いまもなお怪しげな雰囲気を残すストリート、通称モトコー。
風景こそ奇怪だが、住民たちの様子もまた面白い。
悲観にくれ、茫然自失におちいるもの。怒号をあげ、避難誘導している人。すまほ片手に嬉々とした子供たち。
もちろん一番多いのは、二日たった今も現状を受け入れられず、パニックになっている方ら。
不謹慎だが愉快な光景だった。鳩の群れ中へ駆けたような、日常がバサバサ飛びたつような。
空を見上げれば、あちこちで中継ヘリが飛んでいて、つい、「ブンブンうるさ。助け声も聞こえない」ひとりごちる。
「人類なんて滅んじまえー!」
なんて冗談を叫んでみても、誰の心にも響かない。かき消える、かき消える。
【みなさん、ひいじいに常識や良識を期待するのはやめましょう。たまに発作します】
耳をふさぎ、思慮にふける。
人、動植物にかかわらず、若返り現象の共通項としてあげられるのが全盛期への返り咲き。
大人たちは等しく肉体の黄金時代(体感で十代後半から二十代前半くらいだろうか)を取り戻した。
今が最盛期である子供達に変化が見られないことからも、この発想は間違っていないはず。
ワシに限って言えば八十年前、つまるところ戦時の只中、若干二十歳の頃合いか。筋肉は発達し、神経系は舗装され、うら若き脳の伝令をつつがなく全うする
被災前、横幅九十センチのベッド上、寝たきりの皮と骨がいた。
四肢は拘縮し、痴呆を患い、失語した老体だ。嚥下障害により胃ろうを留置、注入食で生を繋げていた先を思えば──。
「もはや黄泉がえりといって差し支えない」
【とはいえ死者は復活していないのよ。なら、絶滅した鱗木は復活しないはずで……。いや、まてよ。現象は、地球をひとつの生物として定義しているのか?】
ところでこの星の全盛とはいつだろう。
現代はあくまでも人の栄華だ。
地球が生命の惑星であることを踏まえれば。一日に百種が絶滅する現代はむしろ、針のむしろ、衰退期と言えるのかも。
【カンブリア爆発、デボンの海、超大陸パンゲア。隆盛した森の化石は、掘り尽くせない石炭となった】
古生代──。
【爬虫の台頭、恐竜の王朝。巨大隕石がなければ今なお彼らの時代は続いていた】
中生代──。
【鳥は空を羽ばたき、クジラが海を泳ぎ、陸では人類の祖すら生まれた】
新生代前紀──。
すべての地質時代が全盛期と言え。地球という生物が絶頂を出迎えたなら、令和に鱗木が咲くこともならばありえる。
【
ダメだ、科学者特有の専門用語を羅列し始めた。ワシではついていけません。
「なにをそんなにおどろいているの?」
ぐるりと見渡す。鱗木は目立った。だが木生シダ以外は普遍的な樹木にしか見えなかった。
【古生代の植物だけじゃないんだよ。この森は中生代、新生代の木々で溢れている。死んだ化石が栄えてる! 地質も気候も本来自生に適していないはずなのに、時代という垣根すらこえた種の闇鍋だ!】
石炭紀、ペルム紀、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀、古第三紀、すべての植物群でこの森は構成されていると、ヨロズは語った。きっとすごいことなのだろう、例えば、ヨーロッパ諸国が一丸となるくらいには。
【人だって十人十色、地球も同じなんだ、場所によってはピークのズレもでる。だからこうも煩雑に……】
「ヨロズ」
【五度の大量絶滅。六度目があったなら要因は人類だ。真に地球のためを思うなら、滅ぼすが最善。若返らせるメリットなんてない。つまり人類は巻き込まれただけ。地球のついでにすぎない。被災者で、被害者】
「ヨロズ」
【メリット? 私は何をいっているんだ? まるで何某かの思惑がこの災害を起こしたみたいな言いぐさじゃないか。天変地異だぞ、超自然的なからくりが──】
「ヨロズ!」
【は、はひぃ】
「自分の世界に入りすぎ。ちっとは今に目をむけよ?」
【そんなこといったって、今、すごいことなってんだぜ。私、一応学者だし】
ワシの居場所が戦場であるのなら、彼女の
「あとで話聞いたげるから、まずはコレをどうにかしようぜ」
すまほのカメラに指をさす。
「バッテリ残量、あと10パーセントらしい」
【マズ。リスナ、置いてけぼりにしてごめん。ひいじい、私がナビゲートするから案内に従ってお進みください】
とはいえ道のりは険しい。どころか、道なんてないのだった。
街道は木々にちょうどよい花壇なので。
市民たちも密林を前に立ち往生している。冒険家のノリで進めばなんとか。だがたどり着くのは何時間後だ? ヨロズとの通話なくして必需品をそろえるのは、おいぼれにはきびしい。あとさびしい。
とっと、その前に。
「ワシの居場所がわかるの?」
【スマホのGPSがあるもん。位置情報特定サービスってやつ。私はばっちしひいじいを補足しておりますよと】
「すごいね。思えばどうしてヨロズと通話ができているんだろう。電波塔や基地局が無事だとしても、電力は死んだじゃないか」
【あっはーういうい、あのねひいじい。今は低軌道人工衛星から直で電波を受信できる時代なのさ。たとえキャリア契約していなくても、災害時などは無料で開いてくれる。宇宙経由でおしゃべりしているわけですね】
「その昔、数尺の電話線をひくために、たくさんの兵士がぶっとびました」
【『アンドロイドは流れ人工衛星に願うのか』さん、『新規です。ひいじいさまは何者ですか』だって。新規さん! 感激! どうぞごゆるりと】
【『シマウマはロバ』くん、なにが『科学の廃棄場へようこそ』だ。吹き溜まりかよここは】
ヨロズにはニッチな需要がおありらしい。個性的なファンが根強く好いてくれている。
人気の由来は軍服白衣眼鏡美人という
「元帝国軍人一等兵。風と共に去りぬ老兵でした。名前は八尾──」
【ちょいまち! ひいじい、あんまし隠していないからって、リアバレはいくないぜ。せめて活動名くらい名乗らなくちゃ】
八尾万の『ヨロヨロちゃんねる』には言われたかないなぁ。だがもっともだ。
「では、『ヤオノモノノベエビスカミ』でお願いします」
【ほう、その心は?】
「戦争が終わって本国に帰ると、ワシ、死んだってことにされていて。自分のお墓参りをいたしまして」
【戒名じゃん! 草も生えんわ!】
よく草引きされた、奇麗なお墓でしたもん。
【ではひいじい改め『えべっさん』。別に道がなくても、目的地であるセンタ街にはいけちゃうぜ。なにせ神戸だ。県下最大の私鉄王国があるじゃない】
「なるほど線路か」
心臓から延びる大動脈のように、
そうときまれば木登りだ。思っていた矢先、「うわっ」すまほから耳を衝くアラート音が鳴り響いた。そこら中から聞こえてくる。ほかの人たちも無差別に受信したらしい。
そしてなんと──。
『被災地全域にお知らせします、政府より避難指示が発令されました。該当者は直ちに指定された場所へお越しください』
と、空から轟音の放送が流れはじめた。きっとヘリからだ。
命令はその後幾度となく繰り返された。言い訳の余地なく。耳をふさぐ暇もなく。
【流れ変わった感じ?】
食料や水分などは避難場所で用意してあること。自衛隊主導の元、救助ヘリや船で順に救出していくこと。放送は強い語気でこうも言った。
『京阪神区域はこれより政府の管轄となり。災害対策基本法63条に基づき、故意にとどまることを違法とします』
つまり、ここから出ていけとお国はいっている。
【ようやく御上も重い腰を上げたわけね】
「
非難してまで避難させて。
【そりゃひいじい、若返りだぜ? ヨロヨロの大好きもかっこよくなってから、らっきぃって感じよね。現象が世界中の年老いた権力者たち垂涎の的になることはわかりきっている。私と同じく、研究したいなって魂胆もあるんじゃないのー。被災地は日本を終わらせた。だが被災地は、日本の固有資源となれるポテンシャルがあったわけさ。なんだか陰謀じみてきたね……。で、どうする?】
どうしよう。命令に従うか。あるいは──。
「国を相手に戦うのは得意です」
【特異だね】
ビリビリ。ビリリ。
「楽しくなってきた」
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