第3話 金のなる樹

 撮影? に必要な機材の一式をそろえるため、ワシらはポートタワから東、三宮はセンタ街へ向かっていた。道程はもはや大冒険の様相をなした。


 アスファルトを押し破って伸びた幹群れの雄々しく。なじみある街道を植生が蹂躙するさまは壮観で。


 環境的には喜ばしい現象だとも、文明に対してはどこまでも無慈悲だ。物流、情報、まつりごとは途絶え。京阪神は今や陸の孤島と化した。


 菌糸類は森中を飾り。かげろうの羽ばたき、きらりと陽光に反射した。


【いい画だね。上手く撮ってよ】

 

 すまほのカメラとヨロズのぱそこん? は同期しており。撮った映像はリアルタイムで全世界へと発信される。


 聞くにヨロズは『科学系バーチャル配信者』として細々と活動中らしい。

 配信? もちろん意味が分からず。『素人が運営する個人番組』と説明を受けても、いまいちピンとこなかった。


 ひいき目に見てもヨロズはべっぴんだが、オードリーヘプバーンに適うはずもなく。可憐を武器にできる歳でもない。あぁ、だからこそのなのか……。


 バックに法人がついていない、本人曰く【個人勢】であるヨロズの影響力はさほどなく。

 生配信のさいは二十人ほどの固定ファンがやっとこさ視聴してくれるそうだ。

 一個小隊……。ワシからすれば十分にすごい。ヨロズ少尉に敬礼。


【私は早く底辺から抜け出したいの。コレ一本でくっていきたいの】

「定職にはつかないの?」


【いっい。前時代的発想だよそれは。今の世の中、配信業は職種としてしゃんと認められているんだぜ。そも、いたく合理的な判断に基づいた被災地ライブよ。世界中が日本の情報を必死のパッチで求めています。ぶっちゃけ、厄災これは稼げる】

 

 ごもっとも。お金は大切だもんね。

 老兵は知っています。

 弾丸を作ろう→犠牲にするはまずお金。

 で、その次は? 


 人。


 人を費やすしかなくなる。金の代価に鞭と圧政を支払い、弾丸は鋳造されるもの。

 敵兵を殺すために自国民を消費する、戦時下における真っ黒色の方程式です。

 お金は大切なんだ。人の命と同じくらいには。


 ちなみにワシは浪費家です。お金も、人も。


【首都圏が経済の頭なら、京阪神は心臓で、ばきゅん! いま撃たれた。正直、日本はもうダメだぜ。むこう十年は立ち直れない】


「言い過ぎなのでは?」


【インフラの消滅は死と同義なのよ。あえて残酷な例えをするね。京阪神級の核がわが国へ投下おとされたのでした】


 はたして帝国が降伏した理由はなんだっけ。

 老人にとって、ヨロズの例えはあまりにも即物的すぎた。


【ひいじいは知らないよね、いま全国中がパニックなの。緊急事態宣言以降、内政はてんてこまい。各国の干渉を防ぐため、貿易もかなり絞ってる。実質鎖国状態だぜ、やばいよね!? 御上がそんなだから、そりゃー国民は自衛にはしる】


 ヨロズは語った。生活必需品の争奪戦、経済活動の自粛、静観を決め込む地方自治体。日本は心不全に陥ったと。各組織の大人たちが身を粉にし動いてくれているおかげで、むしろその程度で済んでいるとも。


【皮肉。災害の当事者であるあなたたちより、外のがよほど影響を受けている】

「ヨロズは大丈夫なの?」


【八尾家だぜ? 自給自足の手段は確保しているから安心して。リスナのみんなも、円の値札が剥がされないうちに、外貨へ切り替えたほうがいいぜ。私も配信での稼ぎはドルで振り込まれるよう手配済みよ。つまりだ。外資企業が運営する配信サービスの利用は、賢明な判断に思えない?】


 薪拾いをするボロボロの少年がいた。娘を必死に探す母親がいた。申し訳ないが彼らは映えた。


「理解した。ブレたカメラワークがヨロズのためになるのなら、ワシはよろこんで右を捧げます。お前は賢いね」


 敬礼でなくすまほをあげる。銃でなくカメラを構える。令和には令和の戦場がある。


【わかってくれて嬉しいです。私は褒められてのびのびる子なのです】


 ただ忘れてはならない。もちまえの知恵をひけらかし、饒舌な語りで本音を隠すのが、幼少の頃から続くヨロズの悪癖だということも。

 さかしらな視聴者さんたちは見逃してあげない。


【『種なしトウモロコシ』さん、銭チャありがとね。『金言マジ感謝。でもヨロヨロは家から出たくないだけだよね』。うへ~、キツ】


 ヨロズは科学系V配信者。正体は、根暗でインドアな生物学専攻の大学院生、修了間近。

 あの子は人のした、お日様のもとで働くなんて絶対向いていないもん。進路を前に焦る気持ちもわかります。


【『紙十二ひとえ』ちゃん、なにが『たまたま頭の良い引きニート』じゃ。たゆまぬ努力の引きニートだ。私は空調の効いたぬるい研究室に籠もっときたいだけなのさ、末永くね!】


 社会に出たくないがため、大学院までずるずると。利口な彼女は利己心的兵役拒否者だ。


【『無様なアリ』様、万銭!? ありがとうございます! 『ところでヨロヨロ、科学系Vさんのおしゃべりはかくあるべき?』。ぐぬぬ、そうだね、無駄話がすぎたね。さぁ仕事すっか!】


 現金なやつ。


【たとえばあの樹の解説をば。ひいじい、近うよれ】


 連なる雑木林、なおも目立つ大木が一つ。近づくとワシでさえ異質さに気づいた。


【日本はもとより緑豊かな国。国土のおよそ三分の二が森林だったよ。とうぜん多様な種があって。でもまぁ、杉やヒノキなんかの針葉樹林、くぬぎやかしなんかの広葉樹林がほとんどだね。裸子、被子の違いこそあれ、つまりはです】


 普段目にする樹と全く違う。はあきらかに異形だった。頂点まで枝分かれすることなく、まっすぐ一本幹が伸びている。と思えば天井部、葉が傘みたいに広がっていた。ソテツをただひたすらに長く伸ばしたような見てくれだ。


 不思議、樹皮は連なるのように発達し苔色、高さはなんと八階建てビルより高い。


 大蛇が空へと向かっていく──。


【種子植物は例外なく、花という生殖器官をもつ。対して花をもたない奴らもいて。身近なものだとコケ類や。ひいじいの目の前にある、なんかが大別されます】


「シダ植物? これが?」

 ワラビやゼンマイ、この大木はそれと同種だと? 


【木生シダといって、樹木のように背を伸ばす奴もなかにはいるんだ】

 たしかに戦時中、木のようにのびるシダ植物を熱帯域ではよく目にした。

 だがコレは、そもそものスケールが違う──。


【幹の太さ二メートル。高さ三十メートルを超える木生シダ。鱗状の樹皮があみ目模様を形成するとくれば。おそらくヒカゲノカズラの仲間、レプトフロエム。別名と呼ばれている種だぜ】


「へぇ、聞いたことがないね。いったいどこで生えている樹なの?」


【どこ、といわれましても、どこにも。日本どころか、世界のどこにも。なにせ──】


 察する。驚愕に震える。つくづく厄災は、ワシを楽しませる。


【二億五千二百年前、古生代ペルム紀末。地球生命の歴史上、最も悲惨な大量絶滅P-T境界によって、この世から消え去った種のひとつだもの】 

 

「なにが科学だ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る