第160話 かつてない怒り

 バスクさんが先頭になり、私達は森の中を進んで行った。


 イスネリが見た戦闘がエドセントと黒針竜とのものであれば、それほど遠くはないはずだ。



 私達は武器を構え、臨戦態勢のまま進んで行った。



 パァン!…パァン!


 ボウガンの発射音だ。



 バスクさんが皆に声を掛ける。


「近いぞ!」



 その声を合図に皆の足が早まる。



「ゴォーーッ!」


 黒針竜の咆哮も聞こえてくる。



 私がバスクさんに声を掛けた。


「バスクさん! 私とクウネとナヴィで様子を見に行っていい?」



 バスクさんは少し考えた後、私に話した。


「分かった。でも戦闘は俺達が着くまでするなよ。あくまで偵察だ。エドセント達にも見つからないように気をつけろよ!」



 私とクウネは小盾に乗り、ナヴィと一緒に森の中を飛んで行く。


 しばらく進むと、遠くの方で黒針竜の巨体が森の中で暴れているのが見えた。



 私がクウネに叫ぶ。


「クウネ! 一旦ここで降りるよ!」


 私とクウネは小盾から降りて、そこから徒歩で木の間に身を隠しながら、進んで行った。



 ナヴィが私達に声を掛ける。


「私は姿を消して、もうちょっと近くまで行ってみるにゃ」


「ナヴィ。気をつけてね」



 ナヴィが不可視インビジブルで姿を消して、更に黒針竜の方に近付いて行った。



 続いて私とクウネが前の方に進んで行くと、一際大きな黒針竜の咆哮が森の中に響いた。


「ゴォォーッ!」



 ドガァッ! バキバキ…バキバキィー! ドサァ!



 黒針竜のいる方から木の枝にぶつかりながら、何かが飛んできて、私達の少し前に落ちた。


 私とクウネが周りを警戒しながら、その落ちた物の所に移動する。



 それは全身傷だらけになったレボネだった。


 口から血を吐き、体には黒針竜の鉤爪の一撃をモロに喰らったであろう大きな切り傷が何ヵ所もあり、左腕は肘から先が欠損していた。


 レボネは仰向けに倒れ、即死しててもおかしくないほどの負傷なのに、まだゴホゴホと咳き込んでいた。


 近付いた私達に気付いたレボネが仰向けのまま、私達を睨み付け、力なく呻く。


「て、てめえらか…。ちっ、くそっ」



 私はレボネを見下ろしながら、レボネに言った。


「動いちゃダメだよ。傷が深すぎる。エドセントはどこ?」



 レボネはその問いには答えず、立ち上がろうとするが、傷口から血が噴き出し、両足も動かないのか、その場で崩れ落ちた。



 思わず私が支えようとすると、レボネが血を吐きながら叫ぶ。


「触んじゃ…ね…えよ!」



 差し出した私の手を避けるように、また地面にうつ伏せに倒れ込んだ。


「ぐっ……。ゴボッ!…」



 …まだこの人は何かしようとしてるの?


 うつ伏せに倒れ込んで動かなくなったレボネに近付くいてみると、わずかに呼吸をしていた。


 どうやら気を失ったようだった。


 だけどこの負傷を見る限り、たぶん長くは持たないだろう。



 クウネが心配そうな顔で私に聞いてくる。


「この人どうするの? ラフィーネ?」



 私は少し考えて、黒針竜のいる方を見た。

 すると、ナヴィがこちらに戻って来るのが見えた。


「ナヴィ! この人の周りを木で見えないように囲んであげて!」


「え? あ、分かったにゃ」


 ナヴィは周りの木の枝を変化させて、レボネの周りを網状にした木の枝で取り囲んだ。



 私がクウネとナヴィに話す。


「この人をどうするかの判断はバスクさんにしてもらう。私達は黒針竜の方に行くよ」


 二人は返事をして、私と一緒に黒針竜の方に向かった。



 ナヴィの話では黒針竜とエドセントがこの先で戦闘をしていたらしい。


 私達が黒針竜の方に近付くと、ナヴィの話の通りエドセントが一人で黒針竜と戦っていた。



 エドセントはある程度の距離を取り、音のしない小型のボウガンで黒針竜の前肢の攻撃をかわしながら、細かく撃ち込んでいた。


 そしてエドセントは徐々に黒針竜との距離を拡げていく。


 エドセントが懐から、昨日ジーボイド達が使った煙幕の玉を取り出したのが見えた。



 !? あいつ、逃げる気だっ!



 そう思った私がエドセントに向かって叫んだ。


「エドセント! 仲間を見捨てて逃げる気っ?」



 エドセントは不意に聞こえた私の声にハッとなり、こちらを見た。


 そしてそれに構わず煙幕の玉を自分と黒針竜の間に投げつけた。

 地面で割れた玉から、瞬く間に黒い煙が辺り一面に広がった。



 私達のいる手前まで煙幕は広がり、エドセントと黒針竜の姿が見えなくなった。


 すると、どこからともなくエドセントの声が聞こえてきた。


「ちょっと一人じゃ手に余るから、俺は引かせてもらうぜ! また次にするわ! それじゃあなっ!」


「仲間は? 見捨てる気?」


「全員死んだのに、見捨てるも何もねえだろぉが?」



 !? エドセントはもう仲間がみんな死んだと思っているの?



 自分の目で確かめてもないのに!

 ジーボイドとターニアは囮になって傷だらけになったのに!

 ボロボロのレボネが私達のすぐ後ろにいるのに!



 私は今まで感じた事のない怒りの感情が、体の奥から込み上げてきた。


「ふざけるなっ! あなたにもう次はないよっ!」



 煙幕の煙が晴れてきて、黒針竜の姿が目の前に見えた。


 エドセントの姿はもうどこにもなかった。



 私は三日月を周りに展開し、腰の剣を抜いて黒針竜を睨み付け、叫んだ。


「黒針竜は私がやるっ! ナヴィ! エドセントを探してっ!」

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