第159話 二人の事情

 そんなに離れていない前方の森の中からガサガサと、木が激しく揺れる音が聞こえてくる。



 イスネリが声を上げた。


「いますの! ドラドーグルが三体ですの!」



 三体のドラドーグルが何かを追い掛けているのが見えた。


 その何かは私達の方に向かってくる。


 それは獣人だった。

 だけど、獣人というより二足歩行している狼のようだった。


 昨日見たエドセントの仲間の獣人?



 さっきジーボイドが言ったように囮になっているのなら、間違いないだろう。


 その獣人はドラドーグルを引き付けながら、こちらへどんどん近付いてくる。



 バスクさんが私達に叫ぶ。


「ここで迎え撃つぞ! ラフィーネ! 準備はいいかっ?」


「うんっ! 了解っ!」



 バスクさんは、更にこちらに走って来るターニアに向かって叫んだ。


「こっちだ! こっちへ来いっ!」


 ターニアが体を引きずるように走ってくる。

 既にかなりの傷を負っているようだった。



 ターニアが私達の先頭で大盾を構えているバスクさんの横を通り過ぎて、その場に倒れ込んだ。



「グギャァーッ!」



 三体のドラドーグルが咆哮を上げながら、突進してくる。


 ビュンッ! ヒュン! ヒュン!…



 三日月と矢がドラドーグル達に襲いかかる。


 グサァ! ザクゥッ!…


「ガァーッ!」



 ドラドーグル達は攻撃を受けながら咆哮を上げ、その内の一体が高く飛び上がり、私達に飛びかかってくる。


 キィーンッ!


 ミレニアさんの剣が、飛びかかってきたドラドーグルと交錯する。


「ギャーッ!」


 ドサァッ!



 斬られたドラドーグルが上手く着地出来ずに地面に倒れ込んだ。


 太い後ろ脚の部分に大きな剣撃の跡がバックリと開いていた。



 残り二体のドラドーグルが私達と対峙する。


 だが、睨み合いは数秒間だけだった。

 三日月とイスネリの矢がドラドーグルに静止を許さない。


 ヒュン! ビュンッ…



 昨日と同じように三日月の波状攻撃が二体のドラドーグルの体を刻んでいく。



「ギャァー! ガフゥッ!」



 三日月は確実にダメージを与えているが、動き回るドラドーグルに大きな一撃を加える事が出来ない。


「…ラフィーネさん! 三日月をどけてっ!」



 ミレニアさんが叫び、私は三日月の波状攻撃を止め、イスネリも矢の射撃を止めた。


 キィーン!


 ザシュッ!


 ドガァッ!



 ミレニアさん、アイシャ、クウネが一斉に攻撃を仕掛けた。


「グギャー…!」



 ミレニアさんとアイシャに斬られたドラドーグルが崩れ落ち、クウネに殴られたドラドーグルがふらついている所をバスクさんが叩っ斬った。


 ドサァ…。



 私達はあっという間に三体のドラドーグルを退ける事が出来た。



 バスクさんが振り返り、私達の後ろで倒れ込んでいるターニアの所に行く。



 ターニアの横にはナヴィが付いていた。

 全身が体毛に覆われて分かりにくいが、体中に切り傷を負っているようだった。



 バスクさんと私はターニアの横に膝をついて、話し掛ける。


「おい。大丈夫か?」



 ターニアは上半身を起こし、答える。


「ええ、大丈夫…」



 私もターニアの横に行って話し掛ける。


「無理しちゃダメだよ。傷だらけなんだから」



 ターニアが私の顔を不思議そうに見ている。

 すると、全身体毛に覆われていたターニアの体が、初めて見た時の体毛の無い人間に近い姿に戻っていった。



 そして私に向かって口を開く。


「自分の心配をしてくれているのか? 自分はエドセントの仲間なんだぞ?」



 私とバスクさんは顔を見合わせて、バスクさんがターニアに話し掛ける。


「まあ、たしかにそうなんだがよ。細かい事は気にすんな。さっきジーボイドもやられて、あっちの方にいるからよ。合流してさっさと森から立ち去った方がいいぜ」



 ターニアが驚いた顔をして答える。


「ジーボイドも、お前達が助けてくれたのか?」


「ああ、たまたまな。それで一つだけ聞きたいんだが、エドセントはどんな手で黒針竜を討伐するつもりなんだ?」



 ターニアが視線を落として答える。


「すまない。それは分からない。自分とジーボイドは黒針竜からドラドーグルを出来るだけ離すように言われて、実行しただけだ」


「そうか。分かった。俺達はこれから黒針竜を狩りに行く。お前達の事は見なかったことにする。俺の言っている事は分かるな?」



 ターニアは私達の顔を見回しながら、話す。


「そう…。分かった。自分とジーボイドはもうあなた達の邪魔はしない…」



 バスクさんがターニアの肩に手を置いて、話し掛ける。


「俺はお前とジーボイドの事情は知っている。お前らがエドセントと同じとは思ってないから安心しろ」



 ターニアがハッとなり、バスクさんの顔を見つめる。

 バスクさんは皆の方に向き直って、立ち上がると声を掛ける。


「よし。この先に黒針竜がいる。気合い入れて行くぞ」



 私達はターニアをそこに残し、バスクさんを先頭にして進んで行った。



 私は先を進むバスクさんに尋ねる。


「バスクさんは前からあのジーボイドとターニアの事は知ってたんだね?」


「ああ、一年前からな。あの二人がいなかったら、俺達のチームは一年前に全滅してたかもしれないからな」


「ぜ、全滅?」


「そうだ。ラフィーネ。あの二人は進んでエドセントのチームに入ってる訳じゃないんだ。それを分かってやってくれ」


 バスクさんが振り返り、私の方を向いて言った。

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