第158話 できない約束

 私達はボウガンの発射音がした方へ、森の中を掻き分けながら進んで行った。



 バキィッ! バキバキィ!…



 木をなぎ倒す音が聞こえてくる。


「グァーッ!」



 咆哮が聞こえた。


 バスクさんが私達に叫ぶ。


「全員止まれっ! ザージン! 先行してくれ!」


「了解っす!」


 そう言って、ザージンさんが私達から離れて木の間を抜けて行こうとすると、



 ドガァッ! バァキィー!



 私達の少し前方に一人の男が降ってきた。



 !?えっ?



 すぐにザージンさんとバスクさんが周りを警戒しながら、その男に近付いて行く。



 私のいる場所からでもその男が傷だらけなのが分かった。



 バスクさんが身を屈めながら、私達に向かって叫ぶ。


「気を付けろ! ドラドーグルが追って来るぞ!」



 その声を聞いて、イスネリが上から降りてきて人間の姿になり、私達に向かって叫ぶ。


「ドラドーグルが来ますの! 黒針竜はまだ離れていますの!」



 バスクさんからのアドバイスで、イスネリは今まで通り、今回のような場合を除いて、基本的には他の人にバレないように人間の姿で行動するように言われている。



 私達は武器を構え、男が飛んできた方の警戒をする。



 バキッ! バキバキ!



 木の間から一体のドラドーグルが飛び出して来た。

 男はドラドーグルに襲われて、ここに飛ばされたようだ。



 私は飛び出してきたドラドーグルに三日月を放ち、イスネリも矢を放った。



 ビュンッ! ヒュンッ!…グサァ! グサァッ!…


「グギャァッ!」



 無数の三日月と矢が刺さり、ドラドーグルが悲鳴を上げる。



 ドラドーグルの一番近くにいるバスクさんが剣を抜き、斬りかかる。



 ガシュッ!


「グギャァ…」



 袈裟がけに斬られたドラドーグルがその場に力なく崩れ落ちた。



 バスクさんが私達の方に振り返り、叫んだ。


「みんな、こっちへ来いっ! 次のヤツが来るぞっ!」



 私達も周りを警戒しながら、バスクさんとザージンさんの側に移動する。

 そしてその傍らにはさっき飛んできた男が横たわっている。



 その男はエドセントの仲間の大男だった。

 体中から出血して、負傷していた。


 息も絶え絶えだが、バスクさんの方を見て何かを言おうとしている。



 バスクさんがイスネリに言う。


「イスネリ。すまんがそいつに治癒を掛けてやってくれるか? 全快までしなくていい。動ける程度まで治してやってくれ」


「分かりましたですの」



 イスネリがその男に手をかざし、治癒のスキルを使う。


 男は戸惑った表情でイスネリの方を見ている。



 バスクさんがその男の方は見ずに、前方を警戒しながら話し掛ける。


「ジーボイド。話せるか? どういう状況だ? エドセント達は黒針竜と交戦してるのか?」



 ジーボイドと呼ばれた男は、イスネリの治癒で少し回復してバスクさんに話し出した。


「すまな…い。バスク。エドセント達はこの先で、…黒針竜と、戦って…いる」


「そうか。俺達がお前にしてやれるのはここまでだ。お前は早くここから離れろ。その体じゃ、もう戦えんだろう」



 ジーボイドがバスクさんの腕を掴んで、声を出した。


「ターニア…、ターニアが囮になってい…る。た、助けてやってく…れ」



 バスクさんがジーボイドの方を見て答える。


「ジーボイド。それは出来ない約束だ。俺達の目的は黒針竜の討伐だ。お前なら分かるだろう?」



 ジーボイドは力なく頷いた。


 バスクさんが私達の方を向き、声を出した。


「俺が先頭になって進む。ラフィーネ。イスネリ。後ろから援護してくれ。他の奴らは周りを警戒しながら、付いてこい」



 バスクさんはジーボイドに向かって続ける。


「俺達はこのまま黒針竜を討伐に向かう。お前は動けるようになったら、早く離れろよ」



 そう言って振り返ると、まだ戦闘音が聞こえる方に向かって進み出した。



 私達はバスクさんに続いて後ろに付いていく。

 そして、ジーボイドの横を通る時に、私が彼に声を掛ける。


「ターニアさんっていうのは、あなたの仲間のあの獣人の女の人だね?」


「? あ、ああ、そう…だ」


「そう。分かった。あなたは早く安全な所に逃げなきゃダメだよ」


「すま…ない…」



 私も約束は出来ない。

 自分でも何故だか分からないまま、ジーボイドにターニアの事を確認してしまった。



 前に向き直ると、バスクさんが私に声を掛けてくる。


「ラフィーネ。分かっていると思うが、黒針竜が相手だぞ。人を助けてる余裕はねえぞ。まずは自分だからな」


「うん。分かってる。絶対に黒針竜を狩るよ」


 私は背中の小盾を外すと、左手に持ってバスクさんの後に続いて行った。

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