第145話 負けず嫌い

 エドセントとレボネが店から立ち去った後、私達の周りには重苦しい空気が流れた。



 その重い空気の中、口を開いたのはバスクさんだった。


「ラフィーネ。やっぱり今回のクエストは無しだ。取り消しにする」


「えっ? 何で? あんなヤツ、気にしてないよっ! 私は全然怖くないし!」



 バスクさんがタメ息をつきながら話す。


「お前のその気持ちは嬉しいけどよ。アイツらは相当ヤバい狩猟者だ。この街にいて、ギルドがこの獣竜狩りのクエストを出している事を知っている。ってことは間違いなくアイツらもこの黒針竜を狙っている」



 アイシャがバスクさんに尋ねる。


「バスクさんは一年前にあの二人と何があったんですか?」



 バスクさんは隣のザージンさんと顔を見合せ、私達に静かな口調で話す。


「すまねえ。アイシャちゃん。悪いが詳しく今は話したくねえ。ただ、君が想像しているような事とさほど違いはないと思う」


「分かりました。では、あまり詮索するのは止めにします」


「すまねえな。とにかく、アイツらが絡んでくるとなると、このクエストの危険度は上がってしまう。今回、頼んでいて申し訳ないが、やっぱり取り消しで…」



 私がそのバスクさんの言葉を遮る。


「納得しないっ! バスクさんが降りるなら、私だけでもこの黒針竜を狩るっ!」



 バスクさんとザージンさんが驚きの表情になり、バスクさんが声を出す。


「ラフィーネ! お前が考えてる以上にアイツらはヤバい奴らなんだよ! 女だからって容赦するような奴じゃねえんだぞ! アイツが未だに犯罪者になってねえのがおかしいぐらいなんだぞ!」



 私はバスクさんを見て話す。


「だから何? あんなにバカにされて引き下がれないよ! 私だってグレリ…」


「お嬢様!」


 アイシャに袖を引かれて、ハッとなった。


 危うく自分が、グレリオン家の人間だって自分からバラすトコだった。


「と、とにかく。私はあんな風に言われて、簡単にハイ、そうですねってならないよ?」



 バスクさんが私の勢いに押されて、深めのタメ息をつくと、諦めたように話し出す。


「お前、本当に妙に強気な所あるよな? グレイベアの時もそうだったけどよ」


「だって、バスクさんは悔しくないの? 一年前に仲間が負傷したのもあの人達が関係してるんでしょ?」


「まあ、確かにそうなんだけどよ。だからってお前達をそれに巻き込むのは違うだろ? ただ黒針竜を狩るだけだったら、ラフィーネ達にも協力してもらいたい。だが、あのヤバい連中が絡んでくると分かってて、お前達にこのクエストを手伝ってくれと、俺は言えねえよ」


「で、でも…」



 真剣な顔をして私に話すバスクさんに、私は言葉が続かなかった。



 するとアイシャが私の手を抑え、話し出した。


「バスクさんが私達を心配して、そう言っていただくのは嬉しいんですが、私達も冒険者です。そしてあの二人は私達にケンカを売りました」



 あ…。アイシャがキレてますね。


「あの女、あんなボウガンを使って、私に勝った気でいるのが納得いきません」



 ここまで静かに成り行きを見守っていたミレニアさんも口を開いた。


「…私もバスクさんのそんな気遣いでの取り消しは納得できない」



 バスクさんは、はぁーとタメ息をついて隣のザージンさんを見た。


「ザージン。お前はどうする? ラフィーネ達は受ける気満々みたいだけどよ」


「オレも同じっす。アイシャさんにあんな事する奴ら相手にこのまま引き下がるのはイヤっす」


「貴方は無理しなくていいんですよ? ケンカを売ったのは私ですから」


「オレはアイシャさんについて行くだけっすから」



 バスクさんがテーブルに肘をついて頭を抱える。

 そして呟いた。


「結局、お前ら何で揃ってそんな強気なんだ? 一番弱気なのは一番歳上の俺だけってことか?」



 私がそれを聞いて話す。


「それは違うよ。バスクさん。バスクさんが一番大人なんだよ。私達が負けず嫌いな子供ってだけだよ」



 すかさずアイシャが否定する。


「いえ、お嬢様はそうかもしれませんが、私は自尊心の問題です。だから…」


「分かった! 分かった! 二人とも…いや、お前ら全員負けず嫌いだよ! 俺の負けだ。俺も腹決めるわ!」



 バスクさんは手に持ったジョッキのお酒を一気に飲み干すと、私達に言った。


「こうなりゃ、アイツらがいても関係ねえ。お前達、嫁に行けねえ体になっても俺は責任取らねえぞ! んで俺達で絶対にアイツらより先に黒針竜を狩るぞっ! 」


「うん! そうだよ!狩ろう! 私達ならできるよ」



 いつの間にかバスクさん以外、みんな立ち上がっていた。


 そしてザージンさんが口を開く。


「もし、アイシャさんに何かあっても、オレが責任取るっすから。安心してくださいっす」



 ゴンッ!



 顔を赤くしたアイシャの、まあまあ本気のゲンコツがザージンさんの頭に落ちた。


 私達のテーブルに皆の笑顔が戻った。

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