第144話 明日からの打ち合わせですが…
武器屋さんを出た私達は、バスクさんの待つ酒場の方へ向かった。
イスネリは新しい弓の練習、ナヴィは初めてのクエストに備えてスキルの練習をする為、二人は先に家に帰って行った。
辺りはもう夕方になっていたが、今夜から久しぶりに夜間外出禁止令が解除となったので、街は所々のお店から活気の良い声が聞こえてきた。
その光景を見ながら、アイシャに話し掛ける。
「やっぱり皆、禁止令が解けるの待ってたんだねー。活気があるといいよね」
「そうですね。本当に今日は一段と活気がありますね」
お店もそうだが、道行く人の数も多かったので、私とアイシャはそれとなくミレニアさんがはぐれないように注意しながら、目的の酒場に向かった。
「ここだね」
私はバスクさんから聞いていた名前のお店を見つけ、皆で中に入って行った。
このお店も席はほとんど満席状態で、店員さんの声やお客さんの笑い声などが大音量で響いていて、賑やかだった。
私達は奥のテーブル席で手を振るバスクさんとザージンさんを見つけ、そっちに移動した。
「バスクさん。お待たせー」
「ああ、別に構わねえよ。四人だけか?」
「うん。他のその二人は明日からに備えて新しい武器の練習するって」
「そうか。それは心強いな。俺も飲むのはほどほどの量にしとかねえとな」
「どんだけお酒飲むつもりだったの?」
バスクさんに教えてもらったこのお店は、料理の種類も飲み物の種類も多くて、楽しむことができた。
私達は楽しく食事をしながら、明日からのクエストについて、移動時間やヴァルガン種の対策などを打ち合わせしていった。
だいたいの打ち合わせも終わった頃、私とアイシャの向かい側に座っているバスクさんが私達の後方に目を向け、すごく驚いた表情をした。
私はおやっと思い、バスクさんに尋ねた。
「どうしたの? バスクさん」
「い、いや。何でもねえよ」
私が後ろを振り返ると、一組の男女がこちらに向かって歩いてくる。
その男の方がお酒の入ったジョッキを片手に、私達のテーブルの方にフラフラと近付いてくる。
「おやぁー? やっぱ、バスクさんじゃねえの? 隣はえーっと、そうだ! ザージンだっけ?」
その男は馴れ馴れしい態度で、私とアイシャの背後の方から頭越しにバスクさんに話し掛けてきた。
ふとその男と女の顔を見たら、二人ともいかにも素行の悪そうな、危なそーな顔をしている…。
声を掛けられたバスクさんが、その男と目を合わせないように答える。
「…エドセント…。何だ?」
エドセントと呼ばれた男は隣の女と顔を合わせた後、お互い大笑いしながら、更に話し掛けてくる。
「おいおい! 何だ?は無いんじゃねえの? 一年前の件は事故だっただろ? それにお互い損失も出たんだ。終わった事だろ? 仲良くしよぉぜ!」
バスクさんもザージンさんも明らかに二人と目を合わせないようにして、感情を押し殺しているように見えた。
更にエドセントがしゃべり続ける。
「んー? あの二人がいないってことはまだ戻れてないのかぁー。残念だねぇー。んで、何? バスクさん達はこのお嬢ちゃん達のチームに入ったのか?」
エドセントの隣の女がそれを聞きながら、笑いを噛み殺しているのが分かった。
普段は大人しいザージンさんも怒りで拳を握り締めているのが見えた。
エドセントが更にしゃべる。
「おいおいー! 無視はねえだろぉよ? ん? でもお嬢ちゃん達、みんな可愛いねぇ。あっちで俺と一緒に飲むかい?」
「…いい加減にしてくれ。エドセント。お前らとはもうケリは着いたはずだろう。俺らの事はほっといてくれ」
バスクさんが押し殺した声で話し掛けた。
それを聞いたエドセントは眉を吊り上げ、バスクさんとザージンの顔を交互に見る。
そして、邪な笑みを浮かべながら、しゃべり出す。
「あー、そうだなぁ。その件のケリは着いてたな! でもよ? まさかまだ黒針竜狙ってんのかぁ? 今日ギルドで黒針竜のクエスト受けたってのは、もしかしてアンタらか?」
私が座ったまま、エドセントの顔見上げながら答える。
「ええ、そのクエストを受けたのは私達です。それが何か?」
エドセントは下から不意に私が声を上げたので、両眉を吊り上げて驚き、そしてにやけた顔になっていく。
「へへへっ! そうか。お嬢ちゃん達がそこのバスクと黒針竜のクエスト受けたのかぁ?」
エドセントのにやけ顔がどんどん邪な笑みに変わっていく。
そしてバスクさんに顎を突き出し、明らかにバカにしたようなしゃべり方で言う。
「はっはー! 傑作だなぁ! バスクさんよ! アンタ、この娘達とまた黒針竜狙おうってのか? 仲良くピクニックとかしてる方がいいんじゃねぇの?」
ザージンさんが立ち上がると同時に、私の隣の席のアイシャが、勢い良く立ち上がった。
その瞬間、エドセントの隣の女が素早くアイシャの背後に張り付き、アイシャの動きが止まる。
そして女はアイシャに声を上げる。
「おいっ! デカ女ぁ! 何する気だぁ? こら?」
その女の右手にはいつの間にか両手に収まるほどの小さなボウガンが握られ、その矢先はピッタリとアイシャの背中についていた。
その女が続ける。
「お前、ケンカ売ってんのかぁ? 別に買ってやってもいいよぉ?このボウガン、ナリは小せぇが、この距離ならお前の体に風穴空くよぉ?」
アイシャが肩越しにその女を睨み付ける。
女は私ぐらいの身長しかないが、見上げながらアイシャを睨み返していた。
周りのお客さんがその女の大きな声を聞いて、食事の手を止めて注目が集まる。
するとエドセントが、その女の肩に手を置き、女に話し掛ける。
「おい! レボネ。止めとけ。お前、また出禁になんぞ。それともお前、出禁の世界記録でも狙ってんのか?」
「あぁ? だってこの女がいきなり立ち上がるからよ…」
「止めとけ。引き揚げっぞ」
「あ? 何でだよ? な…」
「いいから! しまえっ! 行くぞっ!」
エドセントはレボネの首に腕を回し、振り返ると私達から離れて行く。
そして、少し離れた所からエドセントが私達の方に向かって叫んだ。
「バスクぅー! 楽しくなりそうだなぁ? 次の獣竜狩りはよぉー?」
そして二人は店の注目を集めながら、店の扉から出て行った…。
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