第11話 アイシャというメイド
森の中から現れた男は五人。
私達が休憩している、この林道にある少し拓けた場所。
そこで待ち伏せをして、旅人を狙う野盗だろう。
まんまとこの野盗の思い通りに、私達は休んでいたという訳だ。
「お嬢様、お下がりください」
アイシャはそう言って短剣を握り、私の前に立つ。
男の一人が手に持った剣を振りながら、言ってきた。
「とりあえず、金目の物を置いて行ったら、このまま見逃してやるけど?」
「いやいや、二人ともなかなかべっぴんじゃねえか」
「もったいないないだろ?そのまま行かせたらよー」
男達は口々に好きな事を言いながら、私達との距離を詰めてくる。
はぁっとアイシャが面倒臭そうにタメ息をついた。
「お嬢様、やっぱり自分で身を守れますか?」
「うん、たぶん大丈夫」
「ムカついたんで、ちょっと行って来ますね」
「…分かった」
アイシャはつかつかと前の男達に向かって歩くと、驚いた男達が身構える。
だが、アイシャは一番前にいた男が身構えるより早く、一瞬で男との距離を詰めて、男を投げて地面に叩きつけた。
「てめー!」
「おいっ!やれっ!」
他の男がアイシャに向かって、剣や短剣を持って襲い掛かる。
私は念動を使い、周りにある拳大の石をいくつか宙に浮かせて、野盗の攻撃に備えた。
だが、アイシャは一瞬にして五人の男を制圧してしまった。
「とりあえず、全員の関節外しておきました」
男達は皆、腕とか足を押さえて苦痛の声を上げていた。
全員の武器を取り上げたアイシャは男に向かって、
「まだやりますか?やるなら、全員もれなく首の関節を外していきますが?」
怖いっ!アイシャこわっ!首の関節って外せるのっ?
男達は戦意をなくしたようで、皆体を引きずりながら、脱兎の如く走り出した。
アイシャは私の方に向き直ると
「お嬢様、また仲間などを連れて来たら面倒です。早々に立ち去りましょう」
「う、うん。分かったよ」
私のメイド、グレリオン家の使用人アイシャ。
彼女の名前はアイシャ・ミリオル。
グレリオン家と同じく、レイビン王国に代々仕えるミリオル家の人間だ。
グレリオン家はその剣の強さで数々の武勲を上げてきたが、同じようにミリオル家は王国を守る為、他国への諜報活動において王国に貢献してきた家だ。
いわゆるスパイの一族だ。
一族の者は代々、諜報活動や王国の要人警護を行う者が多く、潜入や警護が主なのだが、いざという時の為の戦闘術にも、もちろん優れている。
武器を使った戦闘も強いのだが、一番はその体術。
素手での戦闘能力が非常に高い。
アイシャは幼少の頃よりその体術を叩き込まれ、今は私のメイド兼警護の為、グレリオン家にいるのだ。
彼女がグレリオン家に来たのは五年ほど前。
ちょうど私の婚約が決まった頃なので、私の身辺警護の為に来たのだという事は、容易に想像できる。
歳の近い彼女を私に付けてくれたのは、両親の計らいかもしれない。
ともあれ、私は二つ年上の彼女を姉のように慕っており、彼女もまた警護対象という立場をわきまえているが、私を可愛がってくれて、今に至っている。
私達は素早く荷物をまとめると、野盗に襲われた場所を後にした。
再びネーシャに二人で乗り、林道を進んで行く。
後ろにいるアイシャの顔を覗きながら、私は聞いてみた。
「ねえ、アイシャ。今さらだけど、何で私の家出について来たの?イヤじゃない?」
「本当に今さら、ですね」
「ははっ、だって野宿は嫌がるし、今みたいに襲われたりするし、イヤじゃないかなーって」
「もし、ラフィーネお嬢様に万が一の事があったら、ミリオル家とグレリオン家、更には王家にまで私のお嬢様に対する警護失敗の責任を問われるでしょう」
「う、うん。そうかもね」
ちょっと事の重大さにびびってしまった。
「かもね。じゃなくて、そうなるんです。そうなると私はどこにも行けなくなるんですよ!ポンコツどころじゃないんですよ!間違いなく役立たず呼ばわりされて、王国を追い出されます!」
うっ…、人が気にしてるワードをサラッと入れてきた。
「そうならない為に、全力でラフィーネお嬢様をお守りしてるんです」
「そ、そうだね。頼りにしてるよ。ホント」
「それに…」
「それに?」
「ラフィーネお嬢様と二人だけで旅に出れるなんて、楽しそうじゃないですか?」
?楽しそう?ホントに?
アイシャが照れくさそうに私に笑顔を向けた。
「そうだね!私もアイシャと家出できて楽しいよ!」
「私はお嬢様について来ただけなので、決して家出ではありませんよ」
「家出は否定するのね…」
「はい。家出したのはお嬢様で、私は付き添いです」
何だよ?付き添い付きの家出って!
ま、アイシャと一緒で私も楽しいから別にいいけどね。
私はアイシャの手を握り、
「じゃあ、しっかり付き添いよろしくね。楽しい旅にしよう!」
「ええ、いっぱい楽しみましょう!」
アイシャも私の手をしっかり握り返して、私達は森林地帯を進んで行った。
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