第9話 幸運と寝落ち
昼食を終えた私達は食後の紅茶を飲みながら、三人で話していた。
それにしても、なんという幸運だろうか。
家出をした初日に、初めて来た町で、初めて声を掛けられた人にご飯もお風呂もご馳走になるなんて。
しかも私達が家出をしてきたグレリオン家の人間と分かっているのに。
私は嬉しくて、ロザミーさんと色々お話をした。
ロザミーさんはこの町で、ご主人と二人で『トサレタ商会』の支店を任されているそうだ。
『トサレタ商会』というのは結構大きい商会で、王国領内の色んな町に支店を持っている。
ご主人は今、別の町に出張に出ていて、家には一人でいるそうだ。
その間はお店の従業員の人が交代でロザミーさんの家に泊まって、警護みたいな事をしてくれているらしい。
ロザミーさんの家は代々商人の家系で、ロザミーさんのお父さんが現在の商会代表、ロザミーさんのご兄弟さんも各地の『トサレタ商会』の支店で支店長をしているそうだ。
「私も若い頃はよくお父さんとケンカしたわよ。一日、二日の家出なんて、しょっちゅうしてたわね」
「えー、そうなんですか?」
「ええ、兄ともよく揉めたわねー。ちょっと自分ができるからってすぐ鼻にかけるイヤな奴でね」
ウチと似てるな…。
「でもね、大人になってきたら、解ってきたのよ。兄は兄で父と比べられて、絶対に失敗できないって重圧があったんだなって」
「…うーん、そうなのかな?」
「まだラフィーネお嬢様には解らないかもしれないけど、男にとって父親はいつか越えなきゃいけない壁なんだって」
「壁ですか…」
「でもその壁を越えるのに、女の私達をダシにするんじゃないわよって、いつも思ってだけどね!」
ロザミーさんは豪快に笑いながら、言った。
確かにそうだな。
あの嫌味お兄様は何かと、私には厳しい気がする。
だけど勉学など、私がお兄様に完全に負けている物などなく、自分ではそれなりによくできた妹だと思っている。
だけど、唯一お兄様に勝てないのは、グレリオン家が一番の誇りにしている剣なのだ。
私が女だということを差し引いても、どうしても剣の腕が上達しなくて…。
グレリオン家は剣の名家だ。
そのグレリオンで剣ができないってだけで、私はポンコツ扱いされていたのだ。
それを今は自分で認めたくないって思いもあって、家出したんだけど…。
ロザミーさんは私のそんな話も聞いてくれた。
そしてすごく励ましてくれて、応援もしてくれた。
「ところでモーネサウラには、何かアテとかあるんですか?」
「いえ、アテはないんですけど、できるだけポーリアから遠くて大きな街がいいかな?と思って」
「それはまた、思い切った家出ですわね」
「ははっ、ポーリアの近くで見つかったら、何かカッコ悪いですし」
「モーネサウラでしたら…。ちょっとお待ちくださいね」
ロザミーさんはそう言うと、便箋を取り出し何か書き始めた。
書き終えたその手紙を私達の前に差し出して
「忘れないうちにお渡ししておきます。モーネサウラには私の弟が支店の支店長をしていますので、この紹介状を見せれば、きっと力を貸してくれると思います」
「ええ?いいんですか?」
「初めて行く街で何もアテがなかったら、路頭に迷ってしまいますよ。ラフィーネお嬢様」
「でも、弟さんに迷惑をかけるんじゃ…」
「大丈夫ですよ。弟は私にいっぱい借りがありますから」
私はチラッとアイシャを見る。
「受け取ってもいいのかな?アイシャ?」
「せっかくのトサレタ夫人のご厚意です。受け取らねば失礼ですよ」
「ええ、そうですよ。ラフィーネお嬢様。私のお嬢様へのささやかな応援です。受け取ってください」
「それでは、遠慮なく…。ありがとうございます!」
私は手紙を受け取り、鞄に入れた。
「それではラフィーネお嬢様、アイシャさん。明日の出発は早いんでしょう?今日はここを自分の家だと思って、ゆっくりしてください。二階の部屋でしたら、誰かが訪ねて来ても中までは分かりませんから」
そうして私達の今晩の宿が決まった。
時間はまだお昼を過ぎたぐらいで、ロザミーさんはまだ仕事があるからと言って、私達を置いて出掛けた。
ここならグレリオンの人間が来ても見つかる事はないだろう。
私とアイシャは二階の部屋に荷物を持って移動した。
「アイシャ、全然寝てないでしょ?もう大丈夫だから、ちょっと寝なよ」
「そうですね。お風呂に入って、お腹も一杯になったので、眠いです」
「でしょう?ほらほら、ベッドもあるし、横になりなよ」
「いえ、ここで大丈夫で…す……」
そう言い終わらないうちに、アイシャはソファに座ったまま寝てしまった。
徹夜でネーシャに乗って、その間寝てる私が落ちないように支えてくれて、ありがとね。アイシャ。
おやすみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます