第7話 初めての出会いとお風呂
私はあまり屋敷から外に出た事がなかった。
正確にはポーリアにある貴族学校に通ったり、王国のある城塞都市に行ったりとかはあるのだが、こんな風に自分の足で町を歩くという経験はほとんどなかった。
自分で言うのも恥ずかしいが、いわゆる箱入り娘ってやつだ。
だから屋敷があるポーリアの街ですら、馬車を使って屋敷と学校の往復のみ。
家が王国お抱えの名家だから、毒殺や襲撃などの危険性に備えて家族全員、基本外食はしない。
特に私は婚約が決まってからは、外出すらほとんど許可されなかった。
それが家の方針なんだから仕方のない事かもしれないけど…。
そんな育ちだから、すごく新鮮な気分で町を見て回った。
うん、家出してなかったら、こんな風に自由に町を歩くなんて一生出来なかったかもしれない。
でもまだ、安心できない。
家の人間が追いかけて来てるかもしれない。
朝のうちに家出に気付いて、大急ぎでここに向かって来ていたら、夕方にはこの町に着くはずだ。
「でも、アイシャ。宿屋以外で一晩過ごすって、意外と難しいよね」
「確かにそうですが、とりあえず今晩を乗り切れば、明日以降は次の町で普通に宿に泊まっても大丈夫だと思います。最悪、今晩はこの町のどこかで野宿かもしれませんが」
「んー、町の外の街道じゃなければ野宿も楽しそうだけど…」
「私はイヤです」
拒否されてしまった…。
仕方なく私も町を見ながら、まずは教会を探してみる。
教会なら訳ありって事で一晩くらい匿ってくれるかも、っていうのが私達の狙いだ。
町の通りを歩いていると、向かいから歩いてきた一人の女性が突然アイシャに話し掛けてきた。
「あなた。グレリオン様の所の使用人の方じゃない?」
ヤバい!
いきなりバレた!
私は動揺して、冷や汗が全身から出るのを感じた。
ああ、短い自由と家出生活…。
一瞬で終わったと。
しかしアイシャが落ち着いて答える。
「いえ、そのような者ではありませんが」
「あら、そう?でもあなたみたいな美人さん、見間違えるかしら?」
「いえいえ、よくある顔ですよ?」
「そう?でも、隣にいるのはグレリオン様の御令嬢じゃないの?」
完っ全に終わった…。
さようなら、私の自由、そして家出生活。
私は諦めて、下を向いたまま、力なくうなだれてしまった。
すると、アイシャがその女性に小声で何やら耳打ちをする。
女性は辺りをさっと見回すと、
「二人ともこっちに来なさい。ちょっと先に私の家があるから」
「ありがとうございます。お嬢様、行きましょう」
??訳が分からず私は二人に付いて行った。
女性の家は周りの家よりも大きい立派な家だった。
ネーシャを庭先に繋がせてもらい、私達は中に通された。
質素だけど、キレイにされた居間に通された私達は、その女性と向かい合わせに座った。
「それで、どういう事情か教えてくださる?」
「はい。ありがとうございます」
アイシャはその女性に、昨日グレリオン家であった事、何故私達がこの町に来たのかを説明してくれた。
女性は頷きながら、アイシャが話すのを最後まで聞くと、
「いかにもガイゼル様とギオール様らしいわね」
そう言って笑いながら、私達を見た。
「ちゃんと自己紹介してませんでしたね、ラフィーネお嬢様。申し訳ございません。私はロザミー・トサレタと申します」
「いえいえ、ご丁寧にすみません。ラフィーネ・グレリオンと申します」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。グレリオン家にはいつもお世話になっていますから」
「えっと、どういう?」
「私はこの町で商人をしていまして、グレリオン家にも商談などで何度もお邪魔しています」
「そうだったんですね。じゃあ、さっき外でアイシャとは?」
「私もすぐにロザミー様とわかったのですが、外で事情は話せないと思い、事情を話す為に家に入れて欲しいとお願いしたのです」
ああー!終わったと思ってたよ!?アイシャ!
私は恐る恐るロザミーさんに聞いてみた。
「それで今晩だけなんですけど…」
「ふふっ、構いませんよ。ラフィーネお嬢様。ウチで良ければ存分に隠れていてください」
「本当ですか?ありがとうございます」
「ラフィーネお嬢様。私は家出を支持している訳ではありませんが、お嬢様のお考えがあっての事。それに若いうちは出来るだけ色んな経験をした方が良いと私は思っているんですよ。だから私は貴方達をグレリオン家に突き出したりしませんし、ラフィーネお嬢様の味方ですから、安心してください」
また涙が出てきた。
私に優しくしてくれる人がこんな所にもいた。
「あらあら、そんな泣かなくても」
「うっ、うっ。本当にありがとうございます…」
「何もない家ですけど、お風呂はありますから、お風呂に入って疲れを癒してください。ラフィーネお嬢様」
そうロザミーさんに言われて、お風呂に入らせてもらった。
考えてみれば、自分の屋敷以外のお風呂って入った事あったっけ?
浴槽に浸かりながら、ぼんやりとそんな事を思った。
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