第3話 手合わせ

 とうとうこの日が来た。

 今日の朝、約束のお父様との手合わせだ。


 私とアイシャは訓練場の隅で、防具を着けて準備をしていた。


 すると訓練場の扉が開き、父ガイゼルが姿を現した。


「おはよう、ラフィーネ。もう準備は出来てるみたいだな」


「おはようございます、お父様。もういつでも始められますよ」


「そうか。じゃあ、儂も一応防具を着けるから、ちょっと待ってくれるか?」


「ええ、どうぞ」



 そしてお父様は胸当てと籠手を着けだした。

 するとまた訓練場の扉が開いた。


 入って来たのは兄ギオールとお母様だ。

 お兄様は私の方にチラッと目をやるとすぐにお父様の所に歩いて行った。


「お父上、手伝いましょうか?」


「大丈夫だ。胸当てと籠手だけだからな」


「そうですね」



 ふふん、そうやって余裕かましてられるのも今だけとも知らずに。



「お父様、それだけの防具で大丈夫ですか?私ならまだ全然待てますけど」


「気にするな。防具の無い所にも遠慮なく打ち込んでも構わん。ま、当てられるならだがな」



 それを聞いた兄ギオールが笑いを堪えて、後ろを向く。


 

 コイツ、絶対わざとやってる。


 

 今日の相手はこの嫌味お兄様ではなく、グレリオン家当主ガイゼルなんだ。


 集中して全力で向かわなければ。



 するとお兄様が訓練場の中心に来て、お父様と私を交互に見ながら言う。


「では、私ギオールが立会人を務めさせていただく。双方異論はありませんか?」


「ああ、構わん」


「よろしくお願いします。お兄様」


「では、お二人とも前の方へ」



 訓練場の中央に向かい、お父様と対峙する。

 まだ向こうは剣も構えていないのに、威圧感が凄い。


「それでは、始めっ!」


 合図と共に二人とも剣を構えた。


 何度も見慣れたお父様の構えだけど、やっぱり隙がない。


 だけど、今日の私は今までとは違う。


 それを今から証明して、この人達に認めさせるっ!


 私は木剣から両手を離し、手を離れた木剣が宙に浮かび、お父様に斬りかかる。



 お父様は向かってきた木剣を軽く薙ぎ払うが、宙を舞う木剣は何度もお父様に斬りかかる。


 やっぱり一本では簡単にいなされる。でも、これならっ!


 私は背中に差してあった木剣を抜き、それをお父様に向かって投げつける。


 すると二本の宙に舞った木剣が意思を持ったように、交互にお父様に斬りかかる。


「ぐっ、ぬぬ」


 宙を舞っている二本の木剣相手に、動きの予測が立てられないせいか、お父様は困惑の表情を浮かべ木剣を捌く。


「お父様!私のスキルはこんなものではありませんよ!これでもまだ!私のスキルは大道芸と笑えますかっ?」



 私は両手を左右に突き出し、最大出力で『万物念動』を使う。


 すると訓練場の壁際に立て掛けてあった何十本もの木剣が一斉に宙に浮かび、お父様に斬りかかる。


「な、なにっ?これはーっ?!」


 お父様が思わず叫んだ。


 お父様に何十本もの木剣が一斉に斬りかかる。


 もちろんそれらすべてを捌ききれるはずもなく、宙を舞う木剣が全身を隈なく叩きつける。



 よしっ、こんなところね。



 私はその中の数本の木剣を操り、お父様の両足を薙ぎ払った。


 お父様は足を払われ尻餅をついたが、剣の構えは解いていなかった。


 そして宙に浮いた木剣は空中で静止して、その切っ先はすべてお父様に向いていた。


「どうですか?お父様!これが戦場でしたら、お父様は何回死んでいますかっ?」



 父ガイゼルの顔が苦悶に歪む。

 そして私に向かって叫んだ。


「認めんっ!認めんぞ!こんなもの!どこが剣術だっ!」


 !?


 予想外の答えが返ってきて、私は面食らってしまった。


 更に兄のギオールを叫ぶ。


「ラフィーネ!我がグレリオン家の騎士道をバカにしているのか?こんな剣の戦い方があるか!」


「どうしてっ!お父様に勝ったじゃないですか!」


「ただ勝てばいいという事じゃないっ!お前は我らの騎士道に反してまで相手を叩きのめしたいのか?」



 そう言われて私はハッとなった。


 すると勝手に涙が溢れてきた。


 涙であんまり見えてないけど、お父様とお兄様がこっちを見ている。


 あっちの方ではお母様とアイシャが、心配そうに私を見ているのが分かった。


「ともかく、ラフィーネ。これを我がグレリオン家の剣技としては認められん。よってこの勝負は無効だ」



 お兄様のその言葉を聞いて、頭の中が真っ白になった。


 気が付いたら、私は訓練場を飛び出していた。


 後ろの方で、何十本もの木剣が一斉に床に落ちる音が聞こえた。



 そしてお母様とアイシャが私の名を呼ぶ声も聞こえた。


 それと、


「ユイミー!アイシャ!放っておけ!」


 そう叫ぶお父様の声も聞こえた。


 私は自分の部屋に入ると、ベッドに飛び込んだ。



 そして泣いた。


 声を上げて、涙が止まらなかった。


 泣いても泣いても、全然涙が止まらなかった。



 しばらくするとお母様が部屋に入ってきた。


 お母様は私の肩を抱いて、頭を撫でてくれた。



 また涙が出てきた。


「悔しいっ!悔しいようっ!お母様ーっ!」


「いいのよ。ラフィーネ。あなたはよく頑張ったわ」



 悔しかった。


 認めて欲しかった。


 ポンコツな私でも、ちゃんと剣で戦える強さがあるんだって事を。



 そうなんだ。


 私も物心ついた頃からお兄様と同じように剣を握って、お父様の教えを受けて、グレリオン家の騎士道精神を叩き込まれてきたはず…だった。



 だけど私はすごいスキルを授かって、調子に乗ってしまったんだ。



 自分の思い通りに剣が操れるスキル。



 私は剣で強くなったと勘違いしてたの?

 私はグレリオン家を裏切ってしまったの?



 お母様の腕の中でそんな事を考えながら、泣いた。

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