ヒーローのキメゼリフ

風白狼

本編

『キラっと登場、プリティ☆スター! 悪い子はキャるるんっと退治しちゃうぞ』

 ファンシーな効果音と共に、華やかに着飾った女の子が謳う。街頭の液晶モニターにでかでかと映し出された彼女は、アイドルなどではなくのヒーローだ。特撮やアニメの中だけと思われていた怪人が、一般人に認知されるようになってからずいぶん経った。それら異形の怪物達と対抗し、彼らの魔の手から人々を救うヒーローもまた、存在を認知されて久しい。それ自体は大いに結構。だが――


「ヒーローならアイドルみたいなことしないで静かに街を守ってろっての」


 俺は画面に映るヒーローを睨みつけた。偶像のように笑みを貼り付ける彼女はこちらに反応することはない。ただ安っぽい台詞を吐いて、何故だかダンスをしている。いや戦えよ、という心のツッコミは野太い歓声にかき消された。

「うおおお!! 今日もかわいい!」

それがしのハートも撃ち抜いてくだされ!!」

 驚いて声の方を見ると、何人かの男達がモニターに映るアイドルヒーローに興奮していた。どうやら彼らは俗に言うヒロオタ――ヒーローオタクのようだ。TPOをわきまえない彼らにげんなりする。

 街を歩けばそこかしこに"ヒーロー"がいる。ポスターに始まり、なりきりグッズだの応援アイテムだの、果てはおそらく勝手に作ったであろうヒーロー饅頭まで売り出されている始末だ。当のヒーロー達もテレビのインタビューを受けたり、握手会など開いていたりする。ときには自ら動画チャンネルを開設したり、何故か音楽番組などに出演して歌やダンスを披露したりする。現代において、『ヒーロー』とは『アイドル』と同義なのだ。

 とはいえ、ただ怪人を倒すだけではヒーローはやっていけないのだろうとは想像がつく。アイドルのように人気を集め、スポンサーを付け、営利的活動をしてやっと本業ができる。ヒーローが増えた現在、過激な営業で安っぽい奴らが出てくるのも社会のことわりなのだろう。だが納得できない。


 俺はポケットから人形を取り出した。幼い頃買ってもらった、お菓子のおまけの二頭身フィギュア。まだヒーローが御伽話の存在だった頃、俺が大好きだった架空のヒーロー。彼は作中で誰にも正体を明かさず、理解者も得られず、けれど悪を倒すために孤高の道を貫いた。派手な必殺技も無ければ技名も叫ばない、けれど洗練された動きに俺は惚れ込んだ。ヒーローはかくあるべき、という姿を俺に刻みつけたのだ。

 アイドルになりさがったヒーローなんてヒーローじゃない。だから俺は現実のヒーローが嫌いだ。どうせパフォーマンスありきで本業も疎かにしているに決まっている。何より台詞も安っぽくて好きになれない。




――そう、思っていたのに。





「ゲヒヒヒ……自ら俺様の巣に飛び込んでくれるとは、幸運バカなガキもいたもんだぜ」

 地獄の底から響くような声で、異形が顎を鳴らす。全身が黒光りする鎧甲に覆われ、四ツ腕と四ツ脚が不気味に蠢く。怪人と出くわした俺は、後ずさりしようとして尻もちをついてしまった。

「年頃の男は筋肉が付いていて大好物だぜぇ」

「ヒッ!? く、来るな!」

 テレビで見慣れていたはずの怪人も、間近に対面するのは初めてだ。関節の軋む音、生暖かい息遣い、禍々しいオーラ、どれもが本能で危険を悟る。死がそこまで迫っていることを認識してしまう。

 俺なんかじゃ勝てない。ヒーローを呼ばなければ。通報して助けを求めなければ。そう思うのに体が動かない。スマホが入ったカバンは尻もちの際に落としてしまって、今は怪人の足元だ。絶望で息の仕方もわからなくなる。もうだめだと思った、その時。


「な、なんだあ!?」

 シャララランとおもちゃのような電子音が鳴った。聞き覚えのある効果音の、正体を悟る前に凛とした声が響く。

「キラっと登場、プリティ☆スター!」

 可愛らしい効果音と共に、これまた可愛らしい女の子が登場した。顔を上げれば、丈の短いフリルスカートで怪人と対峙する背中があった。

「悪い子はキャるるんっと退治しちゃうぞ」

 広告で聞いた通りの、安っぽくてあざとい台詞が続く。とても悪を倒せるとは思えない出で立ちで、格好良さなんて微塵もないはずなのに。頼もしい背中に見惚れる自分がいた。

「きみ! ここはボクに任せて、早く逃げて!」

 ボフッとカバンを投げて、プリティ☆スターはロッドを構える。言われた通り、俺は立ち上がった。そこではたと気付く。足が動く。息ができる。呪縛が解けたように体が動く。ああそうか、と俺は逃げながらやっと理解した。


 ヒーローがアイドルになっているのは、それが市民おれたちきぼうになるからだ、と。

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