2-2 Un Deux…… No.2

 零さんに連れられてきたのは、首都に面した湾だった。

 ビーチの先に広がる海のその先に、巨大な橋とビル街が見える。

 湾自体が首都に囲まれているのだ。


「今日は二つ仕事やる。これはその内の一つだ」

 立ち入り禁止テープをくぐり、零さんがビーチに入った。

 私もそれに続く。


 この時期、このビーチは人が多いことで有名なのだが、今日は閑散としている。

 白い砂浜の上には人っ子が一人もおらず、ただ波の音だけが静かに響いていた。

 まぁ、今は立ち入り禁止だから、そうなって当たり前だけどな。


「いいか、おまえ」

 零さんは私を振り返る。

 それに連動して、頭から垂れる赤い三つ編みが揺れた。


「さっきも言ったようにおまえは何もするな。ただ、黙って見てろ」

「はい」私は頷いた。


「……」零さんは黙ったまま私を見つめた。

「えっ……と、どうかしました?」


「いや、随分と素直だなと思って」

 零さんは興味がなくなった言いたげに、前を向いた。

「『混沌の蠅人間』を殺したいって言うぐらいの馬鹿だから、もっと生意気だと思ってた」


「ははぁ……」

 随分と言ってくるじゃあないか、零さん。

 まぁ、向こうからすると、私は押しつけられた荷物のようなものだからなぁ。


 いや、もしかして――と脳が勘繰かんぐり始める。


 零さんが機嫌悪いのは、私の格好のせい……?

 零さんも私のことを気持ち悪いオカマだと思っているのか。


 イジメッ子の顔がフラッシュバックする。


「おい、おまえ」零さんが呼ぶ。


「何を突っ立っている? いくぞ」

「は、はい……」我に返った私は零さんを追った。


 しばらく、二人で砂浜を歩いた。

 零さんは何も言わず、ただ周りを観察していた。


 私は――『何もするな』とは言われているものの、それだと流石に申し訳がないので――零さんの物真似のようなことをしていた。


 砂浜、海、空、を見渡す。


 そこで見つかったのは、ヤドカリ、カモメ、カモメ……人影。

 ……人影!


「零さん、あそこに」

 つい私は零さんの肩を叩き、人影を指さしていた。


 その人影は海の上にポツンと、膝から上を出して突っ立っていた。

 もしかすると、逃げ遅れた人か、蠅人間かもしれない。


 私はよく凝視して……凝視して……後悔した。


 その人影の正体は、頭部が魚になっている蠅だった。

 水着姿の男性を四つの腕で掴み、その頭をかじっている。

 男性は白目を向いて、頭や口から血を出していた。

 多分、彼は手遅れだろう。


「あれだ」私の指の先を見た零さんは前へと踏み出した。


 その口から呟きが聞こえる。

 ――『ゼブルの主よ、我に力を与えたまえ』

 みるみると零さんの姿が――背から月のような羽が生えた蠅人間へと変化していった。


 これが、零さんの……蠅人間の姿!


 魚は零さんへギョロっと飛び出した目を向ける。

 零さんの方に興味がいったのか、死体を捨て、羽を広げ、襲いかかってきた。


のろまがッ慢的!」零さんが魚の数倍のスピードで飛び立つ。


月の刃クレセント・ブレード

 零さんの手が三日月状の刃に変形し――魚の頭にめり込み……。


「ぬぉぉぉ」叫喚が響いた時にはもう、魚は真っ二つに割れていた。


 ざぼぉんと海へ落ち、水飛沫をたてる。

 しばらくして、魚が落ちた部分の水だけ黒く濁り始めたのだった。


 すごい、一瞬で蠅人間を殺した……。

 零さんは手を払いながら、こっちへ戻ってくる。

 砂浜に着地すると、姿も元の人間へと戻っていった。


「ふん。今のは準備運動みたいなものだ。本番は次の仕事だ……」

 と言っている時に、零さんの後ろに影が現れた。


 それは零さんが倒したのとそっくりな、蠅人間だった。

 違う点は、頭が鮟鱇あんこうな所だろう。

 四つの腕を広げて、零さんを掴もうとしている。


 危ないッ……。

 そう思った瞬間――私は無意識に、ある言葉を呟く。


『ゼブルの主よ、我に力を与えたまえ』


 私の肉体が一瞬で蠅人間のモノへと変化する。

 右手には銃の形をした黒い塊が握られていた。


霹靂女神ブレイク・ジー』!


 銃から――弾が放たれる。

 一直線に飛んでいき、鮟鱇の頭に直撃した。


「ぐぁああ」

 鮟鱇は頭を押さえて喚く。


「何だ、素人にしては中々やるじゃあないか」


 零さんは片足を刃に変化させ、鮟鱇を斬り裂いた。

月却ハーフ・ムーン


 鮟鱇は地面に倒れ、そのまま動きを止めた。

 きっと、やったのだろう……。

 私と零さんの視線が、確認するかのように交錯した。

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