EP.荒井 No.2

2-1 Un Deux…… No.1

 首都の中心部には墓石のようなビルが建ち並んでいた。

 その中に一つ――他のとは一風変わったビルがあった。


 そこら中に蠅の装飾が施されていて、頂点には尖屋根(とがりやね)がついている。

 見た目だけで言えば、ビルというよりは宗教施設のように見える。


 しかし、それはれっきとした駆除師本局の庁舎だった。

 私は今、その庁舎の一室にいる。


「どう、いい部屋でしょ?」


 アンさんから紹介された部屋は、綺麗な和室だった。

 畳が一面に敷かれ、壁は漆喰しっくい

 広さは七畳ぐらいで、一人でいる分には十分だ。


「とてもいい感じです」

「荒井ちゃんの荷物入れるのは……後日でいいかな?」

「はい、大丈夫です」


 病院での話が終わった後。

 アンさんが用意した黒シャツに着替え、駆除師本局に移動した。


 何でも私が住む部屋を紹介するとのことだった。

 物置を覚悟していたが、ここまでいい部屋だったとは……。

 そう私が悦に入り浸っていた時。


 キィーッ。

 不意に部屋の扉が開いた。


「おい、アン、用って何だ? 私はこれから仕事なんだ」


 扉の先に立っていたのは、背の高い女性だった。

 三つ編みの赤髪を背に垂らし、前髪は斜め前に切れている。

 体にはノースリーブのニット。

 私に向いたその細い眼光は、ただ炯々けいけいとしていた。


「誰、それ?」女性は私を指さして、言った。

「この子は荒井◯◯◯ちゃん。昨日言った蠅人間だよ」


「ほぉ……おまえが」女性は興味深そうに私を見つめる。

「えっと……」


 私が困っていると、アンさんが手で女性をさした。

「この子はリンイーアルちゃん。駆除師でキミと同じ蠅人間」


 蠅人間の駆除師もいるのか。

 まぁ……『自我のある蠅人間なら大歓迎』って言っていたぐらいだし。

 もしかすると、私が知らないだけで、蠅人間の駆除師は多いのかもしれない。


「で、どうしたアン。用ってそいつの紹介か?」

「それもあるかなー」


 アンさんは私の肩を掴んで引き寄せた。

 私の体とアンさんの体が密着して……私の顔が赤くなる。


「零ちゃんには、しばらく荒井ちゃんの面倒を見てて欲しいんだ」


「「へっ」」私と零さんは同時にアンさんの顔を見る。


「あたしね、意外と忙しくて。面倒を見たくても見れないんだよね」


「待て待て待て……待て!」零さんが叫ぶ。

「そんなのいきなり言われても困るんだが」


「そこを何とか」

 お願いするように手を合わすアンさん。

 その表情は飄々としていた。


「第一、私も仕事がある。そんな餓鬼の面倒を見ている暇はない」

「その仕事に連れていってあげてよ。荒井ちゃん、『混沌の蠅人間』を殺したいらしいからさ」


「『混沌の蠅人間』を……殺したい? こいつが」零さんは、じっと私を凝視した。

 輝く零さんの瞳――何かをはかっているような瞳。


 そんな目で見られると、落ち着かなくなってくる。

 そう思った矢先。


「という訳で、よろしくね~」と耳に異音が入ってきた。


 待て――気がついた時にはもう、アンさんはいなくなっていた。

 部屋には私と零さんだけしかいなかった。


「はぁ……」零さんが苛立たし気に嘆息した。

とんだ奴だ那个人是个傻瓜」と毒を吐いている。


 とんでもなく空気が重い。

 まるで空中に棘があって、それが私に刺さっているようだった。


 それに耐えきれず、私は口を開いていた。

「あ、あの……」


あぁ……もう、仕方がない不得已。おまえ、私についてこい」

「へっ……」

「これから、蠅人間を殺しにいく。おまえは黙って見ていろ」

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