1-5 Marshall Ann No.1

「ど、うして……」


 喉の奥から熱い何かが込み上げてくる。

 口から溢れたのは、赤黒い血だった。


 血はドロドロと顎を流れて、私の制服、そして、レンちゃんの口から出た触手を濡らしていく。


「ヒヒッ」笑うレンちゃんの視線はあちらこちら泳いで、定まっていない。

 その細い体躯をゾンビのようにユラユラと揺らしている。


 私の知っているレンちゃんじゃあない――


 そう思わざるを得なかった。


「あらら。こんなことになっちゃって」

 どこからか、女の人の声が聞こえた。


 聞こえたかと思ったら、レンちゃんの頭に何か鋭利なものが刺さる。

 筒状で先に針――注射器だ。


「グギャァ」

 レンちゃんの黒目が天を向く。そして、そのままレンちゃんは倒れた。

 口から出ている触手は、それと同時に私からひっこ抜かれレンちゃんの口へと戻ていった。


「うっ……」腹に開いた大きな穴に手をあてる。


 それでもドバドバ出てくる血はおさまる気配がない。

 これ死んだわ……。


 そう思った時にはもう、私の背は地面についていた。

 薄れていく視界の中に映ったのは、知らない女のシルエットだった。


 * * *

 

 ハッと私は目を覚ました。


 カーテンの隙間から光が漏れ、黒白い壁に白い線を描いている。

 壁にかけられている時計は午前七時を示していた。


 ここはどこだ……?

 見た感じ、病室のようだが……。

 掛布団を引っぺがして、ベッドから起き上がる。


 ふと、視界に自分の体が映った。


 病衣を纏った体――違和感に気がつく。

 あれだけぽっかり空いていた穴がなくなっているのだ。


 確か昨夜、レンちゃんにやられて……。

 ハッ、レンちゃん……!


 脳の奥深くで、昨夜の記憶が甦っていく。


 そうだ……私……。


「私、蠅人間になって……」

 私の言葉を遮るようにガラガラ……と音がした。


 部屋の扉が開いて誰かが入ってきたらしい。

 そこにいたのは、黒人の女性だった。


 黒髪を前下がりのボブカットにしていて、ぴっしりと黒いスーツを着ている。

 目鼻立ちの整っていて、とても綺麗だ。


 女性はベッドの脇にあった椅子に腰を下ろすと、私を見た。

 何だか、私を値踏ねぶみしているような視線だった。


「あ、あの……」知らない人だったので、私は若干、訝しむ。

「おはよう」女性は挨拶をしてきた。

「お、おはようございます」

 突然だったので呆気に取られてしまったが、すぐに挨拶を返した。


「キミの傷はこっちで治療しといた……って、ごめんね、何が何だかわからないよね」

「は、はぁ……」

「ここは駆除師本局付属病院。あたしは上級駆除師のマーシャル・アン。昨日、キミが襲われている所を助けたんだ」


 そうか、意識を失う前に見た、女はこの人だったんだ。

 てか、待て。


 く――駆除師って……!


 駆除師とは、蠅人間を殺す事を職業としている人間のことを指す。

 この国の駆除師は全て、行政機関『駆除師本局』により束ねられている。

 現在目下、蠅人間であるこの私にとって、目の前の女性が駆除師というのはいささかマズい気が……。


 そんな私の心を読んだのか、アンさんは「大丈夫。きみを駆除するつもりはないよ」と微笑んだ。


「それよりもキミに見て欲しいものがあるの」

 アンさんは立ち上がって、私を手招きした。

「そこでキミの進退を判断しようかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る