1-4 Break-G No.4

 茨が私の体に絡みつく。


 このままじゃあ、私もあの女共みたいになってしまう。


 女共みたいに――壊されてしまう。


 思えば、私の人生、壊されてばかりだ。

 私が望む生き方――

 学校生活――

 家族――

 友達――


 そして、私自身――


 この世界は私を完膚なきまで壊さないと気が済まないらしい。


 そう思うと何処からか怒りが湧いてきた。

 沸々と燃え始める。


 ふと、ぶんぶんと虫の翅音が聞こえてくる。

 私の顔の前に


 黒く、小さな蠅だ。

 蠅は言う。


『我が名はベルゼブブ。強欲な者の望みを叶える者』

 その声は先程、響き渡った声そのものだった。


『そなたは何を望む?』


「私が――望むもの」

 言葉を喋る蠅なんて普通だったら訝しむが、今の私はそんな余裕がなかった。

 私の中で渦巻く、禍々しい程の怒りが呻きを上げる。


「壊したい……私を散々壊してきた、この世の全てを壊したいぃぃ!」


『よかろう』

 次の瞬間――


 私の体に強い違和感が走る。

 どんどん、私の体が作り変えられていくような感覚。


 少し間を開けて、思わず笑いを漏らしてしまった。

 今まで感じたことのないが心に充満して、私を笑わせたのだった。


「ハハハハハ……ハハハハハ!」

 最早、私は人間ではなくなっていた。


 黒色の蠅の頭に、蠅の四肢。そして蠅の翅。

 ここで、私は自分が『蠅人間』になったのだと、初めて確信した。


 飛んでいる蠅が私の腕の上でとまった。

『ほぉ、願いのわりに自我を保つとは……気に入った』

 蠅はなんだか嬉しそうだった。

『貴様は◯◯の力持った◯◯の蠅人間。そして、その洗礼名はぁ……』


 ――ジャバウォック。


 気がついた時には蠅はいなくなっていた。


 ただ、目の前の蠅人間が頭の花弁をびくびくと震わせている。

「オ、オマエモ蠅人間二ナッタノカ?」

 私に巻きついた茨の締めつけが強くなる。


「そうだ」

 私は茨を無理矢理、引き千切った。


「ナニィ!」余程、衝撃的だったのか。

 蠅人間が阿呆みたいな反応を示した。

 顔があったら、どんな表情だっただろうか。


 茨から解放され、自由になった私は蠅人間と向かいあい、そのまま突っ込んでいった。

 無論、怒りが私の体を動かしたのだ。

「殺す、殺してやる」と心の中が疼いている。


「フ、フザケルナァァ!」

 蠅人間から再び茨が放たれる。


 私は翅を羽ばたかせ、右に左に身軽に避ける。

 人間の体だったら、こんな動きはできなかったであろう。


「次はこっちからいく」私は明確な殺意を蠅人間へ向ける。


 右手の中に何か――黒い不定形のスライムのような塊が現れる。

 私の思いに同調するかのように、塊は両刃の剣に変化していった。


「死にな」

 私は剣を両手で持ち、天に掲げた。

 黒い剣身に、星がまき散らされた青黒い天井が映りこむ。


霹靂女神ブレイク・ジー』――剣を蠅人間へと振り落とす。


 蠅人間は「グギャァァアア」という断末魔と共に、真っ二つに割れた。


 血しぶきが噴水のように跳ねて、私の体を濡らしていく。

 しばらくして、蠅人間の死体は元の女に戻った。


「はぁ……」

 いくらイジメっ子とは言え、こんな二つに分かれた姿を見るのは悲しい。

 彼女のポケットから出ている布を顔にかけてあげるようと、死体に近づいた、その時。


 ガサガサ……ガサガサ……。


 後ろから何か気配を感じた。

 ゾクゾクッという、理性が拒絶するような気配。

 ――振り返る。


 開いた口が塞がらない。

 そこにいたのは殺されたはずのレンちゃんだった。

 血に濡れた髪を垂らし、私を凝視していた。


「れ、レンちゃん……!」

 余りの衝撃からか、自分の体が蠅人間から元の人間へ戻っていく。


「レンちゃん、レンちゃん、レンちゃん!」

 私の目から涙が流れてきた。


 再び、心の中に暖かいものが溢れていく。


 レンちゃんはジッと私を見ると、大きく目を開き、口角を上げて――

「ヒヒッ!」

 口から巨大な蛸のような触手を出して、私の体を貫いた。

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