1-3 Break-G No.3

「じゃあ今日はありがとうございました」

 私の家の前、レンちゃんがお辞儀をした。

「ありがとう、レンちゃん。また一緒に帰ろうね」


 レンちゃんは微笑みを浮かべて、帰っていった。


 さてと……。


 私は家に入ろうと玄関のドアノブに手をつける。

 ふと、扉についている窓に目がいった。


 窓の先――夜とそんなに変わらない、下手したら夜より暗い闇が広がっている。

 私がスカートとかを履き始めた頃から、両親の関係が悪くなった。


 父は、私が女の子みたいな恰好をするのは母の教育のせいだと怒り、

 母は、父が家庭の面倒を見ないからだと嘆いた。

 その結果、家族は崩壊――両親はあんまり家に帰ってこなくなった。


 しかし、今はそんなことどうでもいい。


 扉の窓が鏡のように私を映している。

 私だけじゃあない――私の後ろの光景も映っていた。


 そこに――「なんで、あいつらが……」――私をイジメている女子共がいたのだ。


 良いことなのか、奴らは私の方は向いていなかった。

 ただ、一直線に私の家の前を駆けている。

 振り返った時には、もうそこにはいなかった。


「ちょっと待て……」私はあることに気がつく。


 奴らが走っていった先は……レンちゃんが帰った方向だ。

 かなり、嫌な予感がしてきた。


 私は奴らを追いかけようと、きびすを返した。


 * * *


 結論から言うと私が追いついた時には、もう全てが、遅かった。


 住宅街のゴミ捨て場の前、切れかかっている電灯が点滅している下、

 レンちゃんが頭から血を流して倒れていた。


 周りには女共が、焦った様子でてんやわんやしていた。

 リーダー格の持っているバットには赤い汚れがみっちりついている。


「ど、どうしよう……こいつ、息してない……!」

「何やってんの、あんた……!」


 女の中の一人が言うとリーダ格が「うるせえ!」と怒鳴った。

「大体、『荒井の彼女っぽいのいるから脅かしてやろう』って言ったのは、おまえじゃあねえか! 私は悪くねぇ!」


「てか、荒井いね?」

 女共は一斉にこちらに顔を向ける。


 私は……私は……頭が真っ白になった。

 無惨な姿になったレンちゃんから目が離れない。

 そんな、せっかくの友達だったのに……こうも一瞬で……壊されるなんて。


 現実が飲みこめない私を尻目に、リーダー格の女は発狂していた。

「あたしは悪くない、あたしは悪くないぃぃぃ!」


 リーダー格の女は女の一人を指さす。

「おまえのせいだっ! おまえがこんなこと提案しなかったらこうならなかったんだっ!」


 リーダー格の女は私を指さす。

「おまえのせいだっ! おまえが女装しているからこうなったんだっ!」


 リーダー格の女は天を仰ぐ。

「あぁ、あたしは悪くないぃ! 私は無罪だっ! 誰か……あたしの無罪を認めてくれ……あたしの無罪を証明してくれぇぇぇ!」


 人を殺しておいて、こいつ……。


 私がリーダー格の女を睨んだ瞬間だった。

 その発狂に反応するように、どこからともなく声が響いてきた。


『よかろう。そなたに力を与えよう』


 まるで、この世のものじゃあないような響きだった。


「ははは、あたしは無罪……。ははは……ハハハハハ! ハハハハハハハハハハ!」


 リーダー格の女の肉体がいびつな形に歪んでいく。


 両腕、両脚は蠅に。

 背からは翅が生え、体中にいばらみたいなのが絡みつく。

 頭はつぼみのように開き、完全に紅い薔薇の花になった。


「は、『蠅人間』……!」女の一人が叫ぶ。


 グゥオオオ!

 リーダー格の女もとい蠅人間は雄叫びをあげた。

「アタシハ『薔薇の蠅人間』ンン!」


「ひっ、ひえぇぇ!」女共は走り出す。

 豹変したかつての仲間に恐怖の念を抱いたらしい。


 しかし、蠅人間はそれを逃がさなかった。

 蠅人間の手から放たれた、茨が女共の体に巻きつく。


「やめて……お願い助けて……」

 命乞い虚しく、巻きついた茨が女共を斬り裂いた。


 ぶしゃぁと血しぶきが上がり、肉片が地面に転がる。

 その光景を私はまじまじと見ていた。


 女共が死んだのを確認すると、蠅人間は私を向いた。

「アタシハ無罪! 全員死ネバアタシハ無罪ィィィ!」


 蠅人間の手から、また茨が放たれた。


 それがうねりながら、私に向かって飛んでいく。


 私は……。

 

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