0-5 Walking On The Moon No.3

「失礼します」

 報告がてら斎藤の家に寄った。

 あの広い和室に通され、不安げな表情の斎藤に迎えられた。


「おぉ、駆除師様……」

「あの蠅人間なのですが、こちらの方で駆除しておきました」


 報告を聴くや否や、「本当ですか?」と斎藤は、分かりやすく有り得ないという表情を顔に浮かべる。


「ありがとうございます、駆除師様! あなたは村を救ってくれた! あなたは本物の英雄だ!」

 こいつ、会ったばかりの頃は私のこと舐めていた癖に、すぐ掌を返しやがって……。


 まぁいい、本番はここからだ。


 ――「ところで斎藤さん、私に嘘をつきましたよね?」


「嘘ォ?」

 喜びの表情が一転、斎藤は顔に疑念を孕んだツラを浮かべた


「なんのことです? 私は嘘など……」

「一週間前の最初の被害者って、蠅人間に殺されたんじゃあないですよね?」


「何を言っているのですか? 彼は蠅人間に……」

 ふん、三文芝居も甚(はなは)だしい。


「その『彼』が蠅人間だったのですが。そうだよなフタバ」

 私の呼びかけに応じ、少女が現れ、和室に入ってきた。


「はい、私見ました! あれは完全に完璧に私の父でした!」


「……」斎藤は横一文字に口をつぐむ。つまり、黙って何も言わなかった。


「それで、私、おかしいなと思い、蠅人間の記憶を見てみたんです。そしたら……」


 ――面白いものが沢山出てきたんですよ。


 発端は、彼の娘が念願だった首都の高校への進学を決めたことだった。

 当然、彼は大いに喜んだ。

 そして、歓喜の余り斎藤を含めた他の村人に娘を自慢した。


 それがいけなかったのだ。


 癪に触った村人たちは田舎を馬鹿にしているのかと、彼を迫害した。

 迫害は日を追うごとにエスカレートしていき――ついに一週間前、あの山で彼は村人たちによって瀕死の重傷を負ってしまう。


 彼が死んだと思った村人たちは、下山して逃げた。

 一人残された彼――絶え絶えの息で村への呪詛を吐き続ける。


 そんな彼の前にベルゼブブが現れたのだ。

 奴は問う『そなたは何を望む?』


 迷うことなく彼は願った『あの村人共を皆殺しにしたい』、と。

 そうして彼は蠅人間となったのだった。


 後は――前述の通りの展開だ。


 補足的な説明をつけ足せば、

 山で私の前に現れなかった理由は、単に私が村人じゃあなかったからだ。

 私を襲った理由は、私が彼の娘を襲うと勘違いしたからだ。


「――と、こんな感じでした」


 ここまで説明をしたら、急に斎藤の表情から動揺が、なくなっていった。

 俯いて、「ふふふ……」と笑って、顔を上げる。


 狂気的な笑み――悪事を働いて、開き直った奴は大体こんな顔をする。


 今の今まで何度も見てきた。

 斎藤はそんな安っぽい顔のまま「それがどうしたというんだ」と、私に再度向かうのだった。


「その証拠がどこにある? 死体だって、あんたに駆除されて傷だらけだろう? それじゃあ、あんたが言ったことを証明はできんな」


「ふ、ふざけないで……!」不意に少女が、叫ぶ。「私のお父さんを……人を殺して、なんでそんな態度なの!」


「うるさいッ!」

 斎藤は咆哮のように怒鳴る。


「年長者に向かってなんだこの態度はッ! だから最近の若者はッ! だから都会の奴はッ! いっつも老人を……田舎を馬鹿にしおって……片腹痛いわッ!」


 正直、見てられない。

 私は斎藤と少女の間に入る。


黙れ闭嘴ジジイ死老頭

「なんだ、おまえもわしを……この村を馬鹿にするのかッ!」


「そんなに村が好きなら」――『月の刃クレセント・ブレード

 手を三日月状の刃に変形させる。

「おまえが村の一部にでもなれ」


 ザッ……。

 次のコマでは、もう斎藤はいなくなっていた。


 ただ真っ二つに割れた、斎藤だったものと、そこから綺麗に弾け飛んだ赤色のみが、散らかっていた。

 

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