0-3 Walking On The Moon No.1

 山中は予想通り暗かった。

 葉で埋もれた道にそって、曲がりくねった木が敷き詰めれれている。

 木々はまるで私を閉じ込めるかのように、一切、外から光を通さない。

 ただ暗黒と静寂だけが、ここを支配していた。


「はぁ……」

 静けさに、私の嘆息が溶け込んでいく。

 しばらく山中を捜索してみたが、蠅人間はおろか手掛かりすら見つからなかった。

 斎藤――あのクソジジイに嘘でもつかれたか……。


 いや、多分そうじゃあない。

 あんな追い詰められた状況で、嘘をつくメリットはない。

 じゃあどうして。


「さてと……」と一旦考えるのをやめにして、私は振り返った。

「おい、おまえ。いるのはわかっているんだ」


「……」

 私の後ろの木陰から、さっきの少女が現れた。

 健気にもコイツ、私が山に入ってからずっとつけてきやがった。

 面倒なので放っておいていたが、もういいだろう。


「私、帰れって言ったよな?」――私は少女に詰め寄る。

「……」――少女は黙ったままだ。

「……仕方ない。もう私も山から出るところだ。送ってやる」


 そう私が少女に手を伸ばした瞬間だった。


「フゥタヴァァァ!」

 どこからともなく、雄叫びが響き――私は吹っ飛ばされた。


 地面に衝突し、弾みでまた吹っ飛び、

 地面に衝突し、弾みでまた吹っ飛び、

 背中から、思いっきり木にぶつかった。

 ぶつかられた木は不満気に、私に落ち葉を振りかける。


 な、なんだよ……。

 落ち葉に埋もれた私は目前を睨む。


 蠅人間が……いた。


 大柄な人間のシルエット。

 四肢が蠅そのもので、背から一対の翅が生えている。

 顔は目玉が飛び出た蜥蜴(とかげ)のようで、体中が緑色の鱗で覆われている。

 私にギョロっと視線を向け「キィサァマァァァ!」と叫んでいる。


「ふん、いきなり乱暴じゃあないか。出会ったらまずは挨拶をするもんじゃあないのか?」

「オマエ、オマエ、オマエ……」

 相手は会話をするつもりはないらしい。

「まぁいい。おまえ、その見た目からして、さしずめ『カメレオンの蠅人間』か?」


 蠅人間はベルゼブブに与えられた力によって、その容姿や能力が変わる。

 奴は多分『カメレオンの力』を与えられた『カメレオンの蠅人間』なのだろう。


「オマエオマエ、村ノ人間ジャアナイノニ、ナンデナンデ、フタバ、フタバヲ?」

 やっぱり、相手は会話をするつもりはないらしい。


 私の質問をガン無視して、自分の質問をしてきた。

「質問を質問で返すのはゼロ点だと言いたいが、今はいい。『フタバ』ってなんだ?」


 蠅人間は首を横へ向ける。

 私もつられて横へ向ける。


「……」


 そこには。立ち尽くす少女がいた。

 ブルブルとその体は震えている。

 おいおい、何、日和ってんだ、仇を討つんじゃあなかったのかよ。


「そのガキがどうした?」

「オマエ、フタバヲ襲ッタ、殺ソウトシタ、許サナイ、許サレナイ!」

 は? 何を言っているのわからない。


 そう思った矢先――蠅人間は姿を消した。


 そう思った矢先――私の右頬に鈍い衝撃が走る。


 頬を殴られたらしい。

 勢いで、私はその場に倒された。

 落ち葉が舞い上がり、また私にかかる。


「クソ……」

 ぼぁんと虚空から、蠅人間が現れた。

 そうか。こいつ、透明化の能力を持っているのか……。


「じゃあ……」

 頬を押えながら、私は立ち上がる。

「私も本気出さなきゃなぁッ!」


 蠅人間を睨み――ある言葉を唱えた。


『ゼブルの主よ、我に力を与えたまえ』


 私の肉体が、徐々に変化していく。

 顔の鼻から上が蠅の頭に変わり――

 両手、両足が蠅のものに変わり――

 背からは金色の三日月のような形をした翅が生えてきた――

 蠅のパーツの部分が夜空を想起させる藍色に変色する――


 そんな私を見てか――蠅人間が驚いた様子で、指さしてきた。

「オマエ……オマエオマエ、蠅人間ダッタノカ?」


 そうだ。


「私は――『月の蠅人間』。今からおまえを、月夜に狂わせてやる」

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