第94話 クーデターの終わり

「倒せた、のか?」


 半信半疑のため剣で竜を突いてみたが、何の反応もない。


「本当に、倒せたのか。完全な竜を……」


 声に出すとその事実を実感することができ、感動や嬉しさで胸が震えた。


「リュカっ!!」


 力なく座り込む俺のところにレベッカが泣きながら駆け寄ってきて、強く抱きしめられた。レベッカの腕は震えていて、こんなにも心配をかけてしまったことが申し訳なくなる。


「レベッカ、俺は大丈夫だ。アンのおかげで生き返ったから」

「うん……っ、うん、本当に、良かった」


 そう言って泣き続けるレベッカの背中をゆっくりと撫でていると、アンとユベールもこちらにやってきた。


「二人もありがとう。誰一人欠けることなく倒せて良かった」

「ああ、俺たちの勝利だな」

「本当に良かったわ」

「巨大な竜を見た時にはどうなることかと思ったけど、思い返してみればセザールの方が手強かったかもしれないな」


 セザールの時には能力の高さに加えて、その狡猾さも厄介だった。しかし完全に理性を失った竜は能力こそより高くなったものの、攻撃は単調で大振りになっていたように思う。


「そういえば、この竜はセザールなのよね……」

「もう影も形もないな」


 二人と一緒に竜を微妙な表情で見つめていると、レベッカもやっと落ち着いたのか涙を拭いながら竜へと視線を向けた。


「この竜、どうしようか」

「そうだな……」


 セレミース様に聞いてみるか。そう思って、まずはしっかりと報告をしようとその場に立ち上がった。


『セレミース様、破壊の神の眷属を討伐できました』

『ええ、見ていたわ。……本当に無事で良かった。リュカ、ありがとう』

『いえ、俺はセレミース様の眷属ですから当然です』


 セレミース様の声音はとても優しい雰囲気で、心から安心していることが伝わってくるものだった。その声を聞いて、セレミース様を悲しませるようなことにならなくて良かったと、改めて安堵する。


『この竜はもうセザールに戻ることはないのですよね』

『ええ、ないわ。他の者たちに竜の存在を隠すためにも、とりあえず神域で保管しましょう』

『分かりました。では持っていきます』


 セレミース様との話を終えたところで皆にもその内容を伝え、竜を神域に運び込んだ。


 そして下界に戻ったら、あとはクーデターの後始末だ。セザールは倒したけど、クーデターは成功しているのかどうか。


「まずはエルネストと合流だな」

「そうだね。向こうの扉から出て行ったから、行ってみようか」

「いえ、もうエルネストはパーティー会場に戻っているらしいわ。ミローラ様がそちらを見てくださっていたの」

「それはありがたい。皇帝陛下や他の皇族は……」

「――全員、もうこの世にはいないそうよ」


 ……そうなったのか。あの様子では生かしておいても意味がなさそうではあったし、当然と言えば当然の結果だろう。

 ただ人の命を奪われたという事実には、少し心が痛む。


 でも、さすがに今回のこれは仕方がないな。


「では俺たちも会場へ戻ろう」


 ユベールのその言葉に皆が頷き、四人でパーティー会場へ戻った。するとそこはまだ、混乱の最中だ。捕えられた者たちは会場近くの部屋へ連れて行かれているようで、次々と連行されていく。

 戦闘中にこちらに寝返った騎士たちは、まだ完全には信じられないため、会場の隅に集められているらしい。


「エルネスト」

「リュカ! 大丈夫だったのか……?」


 俺たちの服装がボロボロになっているのを見て不安そうな声を出したエルネストだが、俺たちが笑顔で頷くと安心したように頬を緩めた。


「セザールは倒したから安心して欲しい。ただ遺体も残っていないのだが、そこは申し訳ない」

「いや、それは仕方がない。――一番の脅威を排除してくれて、本当にありがとう。心からの感謝を」


 エルネストはそう言って、丁寧に頭を下げた。


「これからこの国は、どうにか立て直せそうか?」

「そうだな……相当厳しい道のりになるだろう。しかしなんとか立ち直してみせる。この国に残ってくれている皆のためにもな」


 エルネストの瞳からは強い決意が感じられ、この国は良くなっていくだろうと自然と思えるものだった。


「エルネスト、もし周辺国へ救援を求めるのなら――」


 それからアンが溢した情報は、帝国が立ち直るためにとても役立つものだった。やはり王女という立場は、さまざまな情報が耳に入るらしい。


「……本当に、ありがとうございます。帝国の騒動に巻き込みご迷惑をおかけしたこと、改めて申し訳ございませんでした」

「もう良いのよ。私はそのおかげで自由になれるかもしれないのだから」


 そう言ってパチっとウインクをしたアンは、晴れやかな笑顔だ。


「じゃあエルネスト、俺たちはそろそろ行くよ。あんまり長居しないほうがいいだろうし。この後のことは、任せてもいいか?」

「ああ、もちろんだ」


 エルネストと最後に挨拶をした俺たちは、晴れやかな気分で王宮を後にした。これからこの国が住みやすい、いい国になり、冒険者として遊びに来ることができたらいいな。

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