第93話 復活と討伐

 なんだか温かいお湯に全身が浸かっているような、そんな心地よい感覚がする。これはなんだろう……俺は、何をしてたんだっけ。


 お風呂にでも入って、寝ちゃってたとか……


「……カ、……リュ……、リュカ!」

「はっ……っ」


 名前を呼ばれて咄嗟に飛び起きると、瞳に飛び込んできたのは安堵の表情を浮かべたアンと、少し遠くで巨大な竜と戦うレベッカとユベール。


 そうだ、今はクーデターの最中で、俺たちはセザールと戦っていて――


「もしかして、あの竜がセザールか?」

「そうみたいよ。セザールがあの姿になる瞬間に衝撃波が放たれて、それを間近で受けたリュカはそのまま……」

「死んだ?」

「……そう。それで魂の再定着を使ったの」


 うわぁ……マジか。人ってこんな簡単に死ぬんだな。どこかで俺は強いし大丈夫だろうっていう慢心があった。これからはもっと気をつけないと……。


「アン、本当にありがとう。文字通り命の恩人だ。アンがいてくれて良かった」

「うん。私も改めてミローラ様に感謝してる」

「今度ミローラ様にも直接感謝を伝えるよ。でも今は、あの竜だな」

『セレミース様、あれは完全な竜化ですか? もうセザールが人間に戻ることはないのでしょうか』


 暴れ回っている竜に視線を向けながらセレミース様に声を掛けると、珍しくセレミース様から感情的な言葉が返ってきた。


『リュカ……生きてて良かったわ。油断しちゃダメよ!』


 少しだけ掠れたその声に、本当に申し訳なくなる。セレミース様を悲しませるようなことにならなくて良かった。


『すみません。もっと気をつけます』

『ええ、私もこれからはもっと、リュカの手助けをできるようにするわ』

『ありがとうございます。よろしくお願いします』

『――それで、あの竜だけど、もうセザールに戻ることはないでしょう。現状も理性は全くないはずよ』

『そうなのですね……分かりました。では、討伐します』

『頼んだわよ』


 セレミース様との話を終えてから、アンに視線を戻してほぼ同時に頷き合う。


「あいつを倒そう」

「分かったわ。私は魔法で援護するわね」

「よろしく。俺はとにかく近距離から弱点を狙ってみる」


 もう限界に見える二人を助けるために、まずはこちらに意識を向けさせるための魔法を放った。すると竜の瞳がジロリとこちらを向き、低い叫び声がホールに響き渡った。


「二人とも、ありがとう! 少し下がっててくれ!」

「リュカ……!」


 レベッカの叫び声が聞こえてきたのでそちらに少しだけ視線を向けて、安心してもらえるように笑いかけた。するとレベッカは安心したのか、力が抜けたようにふらっと体を傾けさせる。


「ユベール! 少しの間だけレベッカを頼む!」

「ああ、任せておけ!」


 二人が端に避けていくのを確認してから、こちらに向かってくる竜に視線を戻した。

 空を飛べるのは厄介だな……


「ウィンドプレス!」


 風魔法で上から空気の圧をかけてみると……竜は少しだけ体勢を崩したが、すぐに同じような風魔法を使われ俺の魔法は防がれてしまった。


 魔法も変わらず使えるのか、これは苦戦するかもしれない。


「いや、もしかして左腕が使えないのか?」


 よく見ていると左腕が全く動いていないし、そちらを庇っているようにも見える。仮初の平和によるダメージは、残ってるってことか。


 それなら勝機はあるな。ダメージがある方を責めない手はない。左側の防御が薄くなっているだろうし、そちらから攻めるか。


「アン、竜の右側を狙って重点的に派手な魔法を放って欲しい」

「分かったわ」

「ありがとう。俺はその隙に左側に回る。じゃあ……行くぞっ」


 アンと軽く作戦について話をしてから、地面を思いっきり蹴って竜に向かって飛び込んだ。するとその瞬間に、俺の後ろからアンの魔法が放たれる。


 その魔法に気を取られていた竜は、至近距離から放った俺の火魔法を防ぐのが僅かに遅れた。

 その影響で鱗の一部が熱で爛れ、動きがさらに鈍くなる。


「ファイヤーアロー! アイススピア!」


 俺を巻き込まないようにピンポイントで放たれるアンの魔法は、かなりの速度と威力だ。この戦いの最中にも、アンは成長してるな。


 アンの協力で無事に竜の懐へと潜り込むことに成功した俺は、渾身の力を込めて、先ほどダメージを喰らわせた場所に剣を突き刺した。


「はっっ!」


 硬い鱗が爛れていることで、剣は予想以上に深くまで突き刺さる。その剣を中で動かすようにしながら思いっきり抜くと、その瞬間に竜は悲痛な叫び声をあげた。


「ギャオォォォォォォォ!!」

 

 激しく暴れ回る竜は、建物を破壊する勢いだ。


「……っ、エアーッ、インパクト!」

「トルネードッ!!」


 アンと二人でほぼ同時に風魔法を発動させると、なんとか竜の動きは止まった。仮初の平和によるダメージと先ほどの攻撃で弱ってきているのか、俺たちの魔法を相殺できないらしい。


 ――今が、チャンスだな。


 そう思ったところで無意識に体が動き、もう一度竜に近づくため地面を蹴った。

 思いっきり剣を振り上げ、首元目掛けて振り下ろす。そして剣が竜に触れた瞬間に剣先から雷魔法を放つと――


 直接の雷撃を受けた竜は、一度だけ大きく痙攣するように動いてから、バタっと力なく地面に横たわり動かなくなった。

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