第92話 完全な竜に

 最悪はこの紫球をできる限り上空に飛ばして爆発させるしかないか……そんなことを考えながらセザールを追いかけていると、突然視界の端にユベールが映った。

 ユベールは上手くセザールの死角を突いているようで、かなり近づいているのに気づかれていない。


 ユベールの身振りとアイコンタクトからして……セザールの意識を逸らしてくれるんだな。その隙に俺は、紫球をぶつければ良い。


 ――ユベール、頼んだ。


 その気持ちを込めて僅かに頷き、拳をキツく握りしめた。するとその瞬間、ユベールがさっそく仕掛けた。思いっきり地面を蹴ってセザールに突進すると、大剣を使って突きを繰り出したのだ。


 速さを重視したのだろうその攻撃は、セザールに少なからず動揺を与えたらしい。ユベールの方に視線を向けて、竜化した右腕で大剣をユベールごと吹き飛ばす。


 その反撃時間は一瞬だったが、それだけで十分だ。人は何かを攻撃する時に、第三者からの攻撃にはかなり無防備になる。

 ユベールが仕掛けた瞬間に放った紫球は……セザールの胴体に直撃した。


「うぐっ……っ、ガハッ……」


 セザールは口から血を吐いて、その場に膝をついた。これで倒せる……! そう思って最後の一撃を喰らわせるためにセザールに向けて剣を振り上げると、セザールの体が思わぬ変化をした。


 突然全身が、一回りも巨大化したのだ。その変化に危機を感じて駆けていた足を止めると、またセザールが大きく変化する。

 セザールの瞳はどこか焦点があっていなく、なんだか不気味に見える。ここは攻め込んだ方がいいのか逃げた方がいいのか……そう葛藤している間に突然セザールの体が光り輝き――


『リュカ!! 早く逃げ……っ』


 セレミース様のその言葉が聞こえた瞬間、あり得ないほどの衝撃に襲われ、俺は意識を手放した。




 ♢ ♢ ♢



 セザールが段階を踏むように巨大化していくのを呆然と見つめていたら、突然セザールの体が眩い光に包まれた。

 そして次に私たちを襲ったのは信じられないほどの衝撃波で、それから少しでも逃れるため地面に伏せて耐えていると……なんとか顔を上げられるようになった時には、目の前に見上げるほど巨大な竜がいた。


 さらにその傍に、力なく倒れるリュカの姿が見える。


「リュカ!! リュカ!!」


 ぴくりとも動かない光景に嫌な想像をしてしまい、必死でリュカに駆け寄った。リュカの側に膝を付いて必死に呼びかけるも、リュカは全く反応してくれない。


「リュカ! ねぇ起きて!! お願い!!」

「レベッカ……っ、危ないわ!」

「おい! 早く向こうにリュカを運ぶぞ!」


 竜の攻撃を防いでくれたアンとユベールの言葉で少しだけ冷静になった私は、ユベールと一緒にリュカを抱き上げてアンの下まで運んだ。


「アン、お願い治癒を……!」


 私の言葉を聞き終わる前に、アンは事前に準備していたのだろうヒールをリュカに掛けてくれた。しかしリュカは目を覚さない。ピクリとも動かない。息もしてない……ように感じる。


「……っ、アン、リュカ、は」

「ヒールじゃダメだわ。もう息がない」

「そ、そんな……」


 その言葉に床がガラガラと崩れていくような、そんな感覚を覚えた。体に力が入らなくなり、へたり込んでしまう。


「レベッカ、しっかりしなさい!」

「でも、リュカが……」

「リュカは私が助けるわ。私は生の女神の眷属なのよ? 魂の再定着があるわ」


 ――そうだ、そうだった。動転してその能力を忘れていた。アンならリュカを助けられるかもしれない……!


「すぐに能力を発動するから、少しだけあの竜を惹きつけていて」

「アン、ありがとう……! 竜は私に任せて」


 私の命に変えても、絶対に二人の下へ竜は行かせない。


「レベッカ、俺も手伝おう。しかし俺たちじゃ、到底太刀打ちできないことは確実だ。惹きつければ良いのだから、攻撃をしつつとにかく逃げるぞ」

「分かった、ありがとう。じゃあ……攻撃は私が弓でやるよ。それなら遠距離からできるから」

「ああ、頼んだ」


 ユベールが剣を手にして頷いてくれたところで、私は竜に向けて思いっきり矢を放った。するとその矢は吸い込まれるように竜の目にぶつかり、こちらへと注目を集めることに成功する。


「グォォォォォォォ!!」

「いくぞ! 走れ!」


 竜は目に矢が当たっても、ほとんど傷はついていないみたいだ。弱点のはずの目がこんなに硬いなんて……私じゃ絶対に倒せない。


「うっ……っ、重い、な」


 振り回された尻尾による攻撃を受け流そうとしたユベールは、なんとか成功したけど、全身が痺れているのかその場から動けなくなってしまったようだ。


「はっ!」


 意識を逸らそうと矢を放つけれど、今度は目に届く前に羽による風圧によって矢が吹き飛ばされてしまった。しかもその風圧は私たちの下まで届いて……吹き飛ばされないようにするのが、精一杯だ。


 ――この竜、飛ぶのかな。


 そう思った瞬間、もの凄い羽音を響かせながら、竜がホールの上空に向かって飛び上がった。


「グワァァァァァ!」

「え、そんなのあり!?」

「早く逃げろ! 向こうだ!」


 痺れが解けたのが動き出したユベールに半ば突き飛ばされる形でその場から退避すると、私がいた場所は数秒後には業火に包まれていた。


 まさかこの竜、この姿になってなお神力魔法が使えるの?


「はぁ、はぁ、ユベール、ありがとう」

「ああ、気にするな。それにしても……あんなのにどうやって勝てば良いんだ」

「リュカとアンの二人なら、なんとかなると思いたいけど……」


 ここまで圧倒的な差を見せつけられると、二人でも難しいんじゃないかと弱気な気持ちが生まれてしまう。


「そういえば、セザールはリュカの仮初の平和でダメージを負ったんだよね? それって消えたのかな」

「いや、残ってるはずだ。よく見てると左腕はほとんど動かさない」

「……本当だ。じゃあそこから攻めればなんとか……」

「また魔法が来る!」


 話している暇もなく上空から狙われ、私たちは消し炭にならないように逃げ回るのが精一杯だ。アンの能力は行使にどれほどの時間がかかるんだろう。


 そろそろ終わってくれないと、私たちの命が危ない。

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