第91話 竜化

 竜化は変化した腕だけでなく基本的な身体能力まで底上げするのか、さっきまでよりも速いスピードでセザールが俺の下に迫ってくる。

 鋭い爪に切り裂かれる……その寸前で、何とか剣で爪を弾くことができた。しかしそのあまりに重い攻撃に、腕が痺れてしまう。


「うっ……っ」

「リュカ!!」


 痺れで体の動きが鈍ったところにセザールからアイススピアが放たれ、まだ上手く体が動かないうちに目前まで迫ってきていた。

 ここから逃げる術は……そんなことを考える暇もなくアイススピアは俺の腹に突き刺さり、何とか体を捩って致命傷は免れたが、脇腹に深い傷ができる。


「いっ……っ」


 ヤバいな、竜化したセザールが思っていたよりも強い。このままだと竜化の制限時間が来る前に命が危ない。


「リュカ! 少し下がれ!」


 ユベールが大剣を掲げ、決死の表情で俺の前に立った。ユベールじゃ一瞬でやられてしまうかもしれない。そう思ったが、仲間を信じて後ろに飛び退さる。


 すぐに魔力を練り自分の怪我を治せるだけのヒールを発動するため、意識を集中させた。まだだ、まだこれじゃ足りない。

 やっぱりヒールは魔力を練る時間が掛かりすぎて、実戦ではあまり使えないな……


「エアーインパクト! ロックバレット!」

「はっ!」


 ユベールのことをアンが魔法で、レベッカが弓で援護してくれているけど、ユベールはボロボロに見える。あと少し……


「ヒール!」


 魔法を発動させて脇腹の痛みが消えたところで、思いっきり地面を蹴ってユベールに振り下ろされる寸前だった腕を剣で止めた。


「インフェルノ!」


 そして火魔法の強力な魔法を放つが、すぐに水魔法と竜化の腕でかき消されてしまう。本当に竜化が厄介だ。


『セレミース様、あと何分ですか?』

『あと三分ほどね』

『まだそんなに……』


 セザールから繰り出される攻撃を何とか避けるだけが精一杯で、こちらからの反撃を考えられるような状況ではない。この状況があと三分も……耐えられるだろうか。

 今でも致命傷は何とか避けているだけで、小さな傷は積み重なっていく。


「うざったいな……逃げてばっかじゃねぇか!」

「……っ、トルネード!」


 思ったように俺たちを倒せないことに焦れているのか、セザールが煽るようなことを言ってくるが全部無視だ。煽りに乗って反撃したらその隙を狙われる。


 竜化が解けるまでなんだ。そこまで耐えれば俺たちの勝ちだ。


 どこかで仮初の平和を使えば……でもあの黒いモヤを出した瞬間に、セザールは俺のことを平和の女神の眷属だと認識するだろう。そうなれば能力の詳細も知られていて、徹底的に紫球を避けられる可能性もある。

 そうなれば、この場所で大爆発だ。それだけは避けたいが……


「しょうがねぇな。お前たちには俺のとっておきを見せてやるよ」


 ふと動きを止めたセザールが、ニヤッと背筋が冷える笑みを浮かべてそう告げた。そしてそのすぐ後に、セザールの体自体が大きくなっていく。


「これは……」

『リュカ、これはかなり危険だわ。セザールは竜化をさらに行おうとしている』

『そんなことをして、大丈夫なんですか?』

『いえ、竜化を解ければ良いけれど……最悪は理性を失い完全な竜になるわね』


 そうなったら、どうすれば良いのだろうか。完全な竜なんて俺たちで討伐できるのか……


『ギャハハハハッ! これでお前たちは終わりだ!』


 体が大きくなり両足も鱗の肌に変化したところで、セザールは狂ったように笑うと俺に向けて思いっきり地面を蹴った。


「……ガハッっ……っ」

「リュカ!!」

 

 するとその地面は衝撃で割れ、風を切る音が僅かにし、ほぼ動きを認識することもできずに俺は吹き飛ばされた。その衝撃で肋骨が折れ内臓が損傷したのか、口から血が溢れてくる。


 意識が……遠のい、て……


「――危な、かった」


 気を失う寸前に仮初の平和を発動させ、なんとか致命傷レベルの傷を治すことができた。抽出された紫球はあり得ないほどの大きさと禍々しさだ。


「リュカ! 大丈夫!?」

「レベッカ……仮初の平和を使ったから大丈夫。紫球には当たらないように注意して」

「もちろん」


 すぐに駆けてきてくれたレベッカと話をしていると、紫球を見たセザールが楽しそうな笑みを浮かべ、両手を広げて高笑いをした。


「……お前、平和の神の眷属だったのか! お前を倒せばデシュミラ様もさぞ喜ばれるだろう! ふははははっ、楽しくなってきたな!」


 その言葉の後にこちらを凶悪な表情で睨みつけると、さっそく眷属が発動できる最大の魔法を連続で放ってくる。仮初の平和には近づくのが一番危ないって、ちゃんと分かってるんだな。これは厄介だ。


「ファイヤーストーム! アイスウォール!」


 魔法への対処はなんとか行えるけど、それに精一杯で他のことに手が回らない。紫球をコントロールするのでさえ困難だ。


「リュカ! 魔法への対処は私に任せて!」

「……分かった! 頼んだぞ!」


 アンの強い瞳と口調に信じることに決めて、次々と襲ってくる魔法を弾き返すことを止めた。そしてセザールに向かって、一直線に駆けていく。


 セザールは絶対に逃げるから、近づいて紫球を当てるしかない。紫球は距離が遠くなるほどコントロールが難しいのだ。


「はっ!」


 剣が届くほどの距離まで迫ったところで紫球を思いっきり打ち込んだが……セザールは容易に跳躍して、その場から逃げてしまった。そして位置を変えてまた魔法を放ってくる。

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