第89話 破壊の神の眷属

「俺は、この国を破壊した者だ。ギャハハハハッ、この数年は本当に楽しかったぜ! まずは小さな亀裂を入れるんだ。組織編成でも、人間関係でもいい。そこからだんだんと崩れていくのは……最高の快感だった!」


 セザールは恍惚とした表情で両手を広げながら高笑いをすると、後ろにいる皇帝陛下に視線を向けた。


「あんたも馬鹿だよなぁ。部下に国を壊されてることにも気づかず、こんな状態で国が一番良い状態だって信じてるなんてな」


 声をかけられた皇帝は、セザールの言葉がよく理解できないのか、ぼーっとするのみだ。そこまで強くない呪いとはいえ、長年の蓄積でかなり影響があるのかもしれない。


「おいセザール! 美味い食事はまだか! 女もいないぞ!?」


 かと思えば、次の瞬間には周囲を見回してそう叫んだ。


「なんだか怖いね……」

「もう自分の意思はあまりないのかしら」

「もはや皇帝は、セザールに言われたことを遂行するだけの存在なのかもしれないな」


 レベッカ、アン、ユベールは皇帝の様子を見て、眉間に皺を寄せながらそう呟いた。俺もそれに同意して頷き、皇帝からセザールに視線を戻すと――セザールは剣を光にかざしながら、楽しそうに口角を上げている。


「今日は最高の日になりそうだ。だんだんと崩れていく様を見ているのも楽しいが、そろそろ自分の手で破壊をしたいと思っていた。今日でこの国を終わらせよう。まずはお前たちだ……!」


 地面を蹴ったセザールは、まずは俺に狙いを定めたのか剣を振りかぶりながら魔法を放ってきた。


「ファイヤーバースト!」


 爆発するように広範囲に広がる炎をなんとか水魔法で打ち消し、水蒸気で見えない中、音とセレミース様の声を頼りにセザールの剣を止める。


「トルネード!」


 風魔法で攻撃も兼ねて水蒸気を吹き飛ばすと、その瞬間にアンがセザールに向けてロックバレットを放ち、その陰に隠れてレベッカが弓を放つ。

 さらにセザールがその二つの攻撃へと対処をしている間に、ユベールが後ろに回り込んで、セザールに向けて大剣を振り下ろした。


「はっ!!」


 その攻撃は氷の壁で防がれてしまったが、セザールが防御一辺倒になっていたことは事実だ。これは四人なら勝てるかもしれない。

 そんな希望が見えて、思わず口角が上がってしまった。


「お前たち……何者だ?」


 今度はセザールが俺たちに向かってそう問いかけた。しかし答えてやる義理もないので口は開かず、相手の隙を窺う。


 エルネストたちはすでにホールから出て行ったし、広範囲魔法も建物を壊さない程度なら自由に使える。それで相手の隙を誘うか……


「アイスランスレイン!」


 アイススピアが大量に降り注ぐ魔法を狭い範囲に放ち、セザールが逃れるため横に飛んだところを狙い、サンダーボールを放った。

 雷魔法が直撃すれば相手の動きが鈍くなるはず……そう思ったが、その考えも虚しくサンダーボールは土壁で防がれてしまう。しかし今度は、上からアンの魔法であるファイヤートルネードがセザールを襲った。


「ほんっとに、何人もいるとうざったいな!」


 レベッカの弓とユベールの大剣も危なげなく弾いたところで、セザールは顔に怒りを滲ませながらそう叫んだ。そして懐から何かの瓶のようなものを取り出し、こちらに投げつけてくる。


『リュカ! 今のは呪いよ! 風魔法で閉じ込めてディスペルを!』


 瓶が割れる直前にセレミース様からの声が聞こえ、俺はほぼ無意識でウィンドを上手く操り、呪いの霧が広がらないように抑え込んだ。


 しかし強い呪いを解呪するには相応の時間がかかる。


「皆! 一分ほど時間を稼いで欲しい!」

「分かったわ!」

「任せて!」

「あいつは俺が止めておく!」


 三人が俺を守るような立ち位置に付いたところで、セザールが驚きに瞳を見開いてから苛立ちをあらわにした。


「……呪いのことを知ってたのか? 誰にも気づかれていないつもりだったが、まさか敵側の人間に知られているとはな。――それにお前、何属性使えるんだ?」


 セザールは俺のことを疑うような眼差しで見つめてくる。眷属だということがバレただろうか……そう心配になるけど、今は解呪に集中しなければいけないので、皆を信じて目の前の呪いに向き合った。


「解呪なんて……させるかよ!」


 そんな叫び声が聞こえた直後に、建物が軽く揺れるほどの衝撃音が響き渡った。戦況を確認したいが、気を逸らすとより解呪までに時間が掛かってしまうので、必死に目の前だけに集中した。


 大丈夫、皆を信じろ。俺の仲間は強い。


 魔力を練る速度にこれほど焦れたことはない。まだダメだ、もう少し魔力がないと解呪しきれないかもしれない。弱い呪いだったとしても、霧はかなりの量だ。


 もう少し、あと少しだけ――今だ!


「ディスペル!」


 そう叫びつつ魔法を発動させると、無事に黒くて禍々しい霧は姿を消した。それを確認してすぐに視線を上げると、セザールに押されてかなりの怪我を負ったユベールが目に入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る