第87話 兵法と当日の朝
逃走経路の確保が済んだところで、ユベールが居住まいを正してからまた口を開いた。
「もう一つ意見があるんだが、話しても良いだろうか?」
「もちろんだ。遠慮なく提案してくれ」
「ありがとう。ではまず、皆は『敵の剣を借りよ』という言葉を知っているか?」
ユベールのその問いかけに、この場にいた半数以上が首を傾げた。俺とレベッカも聞いたことがなく首を傾げる側だ。しかしアンは知っている言葉らしく、真剣な表情で頷いている。
「これは最小限の労力で敵を殲滅するために、敵同士を争わせるという意味を持つ言葉だ。今回はこの作戦を上手く機能させることで、戦いが圧倒的に有利になるだろう。具体的には何人かの寝返った騎士が帝国側についている振りをして、敵に誰が仲間かを分からなくさせるんだ」
「ほう、確かにそれは面白いな。疑心暗鬼になり同士討ちを始めてくれれば、こちらにかなり有利となる」
「ああ、しかしこの作戦を成立させるには、こちら側は誰が仲間かを明確に分かってなければいけない。したがって敵には分からないような形で、印をつけておこう」
凄いな、さすが近衛騎士としてずっと働いていた人だ。兵法って役に立つんだな……
「確かに印がある方が確実だな。どんなものが良いか皆で考えよう」
「分かりました。一目見て分かるものが良いですよね」
「そうだな。しかし敵にはすぐ分からないものだ」
意外と難しいな……腕に布を巻いたりしていたらすぐにバレて意味がない。もっと分かりやすいけど、知っていなければ気づけないものじゃないと。
「ピアスはどうでしょうか」
「いや、それは見づらいだろう」
「そうですか……」
「あの、服に印を付けるのはどうかな? 例えば星形を肩とか胸元に、色は目立たない色にして付けるの。それなら知っていれば目に付くけど、知らなければすぐには気づけないと思う」
レベッカがしたその提案は、一考の余地があるものだ。皆でこれからの期間で準備できるのか、そして当日の有用性を考え、その案が採用されることに決まった。
「では今から急いで印の準備を進めよう。ここに来られない騎士たちには、私から手渡しておく」
「分かりました。よろしくお願いします」
そこで作戦会議は終わりとなり、俺たちは拠点を後にすることになった。しかし帰る直前にエルネストに呼ばれ、他の仲間たちには声が届かないところに移動する。
「セザールを誘導する話なんだが、狭い場所と広い場所、どこに誘導した方がいいんだ?」
「そうだな……できれば広い場所がいい」
竜化がどのようになるのかいまいち分からないけど、体が大きくなったら狭い場所では建物を壊すかもしれない。そうすれば、他の人に戦いが見られてしまう可能性が高まる。
「では遠い場所にある別のホールへ誘導できるようにしよう。私は誘導した後は、皇帝たちへの対処だけすれば良いんだな」
「ああ、それで良い。さらに眷属同士の戦いに巻き込まれたら大変だから、できれば遠くに逃げてほしい」
「分かった。……リュカ、レベッカ、アン、ユベール、この国を頼んだ」
エルネストは真剣な表情で、少しの悔しさを滲ませながらそう告げた。自分の力だけで国を救えないことに歯痒さを感じているのだろう。
でもそんなものを感じる必要なんてない。エルネストがいなければ、ここまで円滑に帝国を救う作戦は進んでいなかった。
「エルネストも当日は頼んだ。一緒にこの国を救おう」
「苦しんでる人たちのためにね」
「――ああ、そうだな。当日はよろしく頼む」
俺たちは真剣な表情で頷き合い、拳を軽くぶつけ合ってから拠点を後にした。
ついにクーデター当日だ。緊張して朝早くに目覚めてしまい、予定よりも早く拠点に向かった。すると他の皆も同じだったようで、拠点にはすでにほとんどの仲間が集まっている。
エルネストはこの場にはいなく、王宮内で合流予定だ。
「パーティーが始まるまであと三時間ぐらいかな」
「そうだな……始まったらすぐに突入するから、クーデターの実行まで本当にあと少しだ」
「リュカ、パーティー会場ってどうなってるの?」
レベッカが小声でそう問いかけてきたので、朝から王宮内の監視を頼んでいるセレミース様に声を掛けた。
『様子はどうですか?』
『特に問題はないわよ。セザールはいつも通りに動いていて、パーティー会場は下品なほど派手に飾り付けられているわ。皇帝は朝から女性を側に置いてお酒三昧ね』
うわぁ……こんな日にまで朝からお酒を飲んでるのか。もう呆れて何も言えない。とりあえず、絶対に退位するべきだということは確実だ。
『エルネストは問題なく動いていますか?』
『ええ、エルネスト以外の騎士たちも敵側に作戦がバレるようなことはなく、警備状況の確認をしているようよ。大門もすでにクーデター側の勢力に入れ替わったのではないかしら』
『じゃあ、後は俺たちが突入するのを待つのみですね』
『そうね……リュカ、絶対にセザールを倒しなさい』
『もちろんです』
セレミース様に力強い言葉を返して、会話を終えた。そしてこちらを心配そうに見つめているレベッカの耳元に口を近づける。
「特に問題は起きてないって」
「そっか。それなら良かった」
「あとは俺たちが成功させるだけだ」
「そうだね……頑張ろう。私たちなら勝てるよ。大地の神の眷属、アースィムにだって勝てたんだから」
確かにそうだよな。あの時は仲間がレベッカだけだったけど、今回は三人もいるのだから。しかもアンはミローラ様の眷属なのだ。
それからはアンとユベールとも現状の王宮に関する情報を共有し、皆で緊張しながらも静かに突入の時を待った。
〜お知らせ〜
「女神の代行者となった少年、盤上の王となる」
本日書籍の発売日です!!
web版からは大幅に改稿していて、より面白くなっていますのでぜひ読んでいただきたいです!
まず本文ですが、プロローグはほぼ書き下ろしです。書籍にしか出てこないキャラクターが増えていたり、書籍だけのオリジナルストーリーもあります。さらには他者視点のお話をいくつか追加してあります。
また書き下ろしの番外編も収録されていますので、ぜひお手に取っていただけたら嬉しいです!
そして書籍といえばやはりイラストですが、イラストはもう最高です……!
カッコいい場面も可愛い場面も、どちらも本当に素敵に描いてくださいました。皆様にもぜひ見ていただきたいです!
ということで、書籍版の方もよろしくお願いいたします。
私は土日で本屋に行こうと思います!
近況ノートの方により詳細なご報告をしていますので、こちらも読んでいただけたら嬉しいです!
https://kakuyomu.jp/users/aoi_misa/news/16817330661050013103
蒼井美紗
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