第80話 作戦会議

 セレミース様の口から発された破壊の神の眷属という言葉の衝撃に、誰もが表情を険しくして場に沈黙が流れた。敵に眷属がいるだけで一気に帝国を正す難易度が上がるから、それも当然だろう。


 しばらく皆が何かを考え込むように視線を下に向け、まず沈黙を破ったのはミローラ様だ。


「またデシュミラのやつ……。僕はあいつ、大嫌いだ」


 ミローラ様はセレミース様と同じような様子で、破壊の神に対して怒りを滲ませる。


 破壊の神はデシュミラって名前なんだな……何かで役に立つかもしれないし、一応覚えておこう。ただあまり使わないように気をつけないと。セレミース様は聞きたくない名前だろうから。


「私も嫌いなんてものじゃないわ。あいつには今まで何度やられてきたことか……」

「セレミース、これは絶対に負けられない戦いになったよ」

「ええ、当然じゃない。もう数百年前の悲劇は繰り返さないわ」


 二人は真剣な表情で、静かに闘志を燃やして頷き合った。やっぱりミローラ様も破壊の神には思うところがあるんだな。


「破壊の神の眷属がいるとなると、クーデターの作戦が変わるね」

「帝国の上層部にいるのですか?」


 少し不安そうに問いかけたアンのその言葉に、セレミース様はゆっくりと頷いて口を開いた。


「ええ、セザールという名前で帝国の宰相補佐をしているわ。歳は三十代前半ぐらいかしら。長い金髪を後ろで括っていて、瞳の色も金。ガタイが良くて表情に性格の悪さが滲み出てる男ね」

「宰相補佐が破壊の神の眷属って……」

「帝国がここまで酷い状況になっているのにも、少し納得できるわね」

「うん。そんな中枢に入り込まれてたら、崩れるのに時間が掛からないのは私でも想像できるよ」


 確かに宰相補佐だもんな……ゆくゆくは宰相になる立場だ。王国では確か、相当に高位貴族の生まれじゃないとなれなかった気がする。


 ――セザールはどうやって宰相補佐になったのだろうか。


 帝国の高位貴族に生まれた人間が、破壊の神の眷属になったというのは考えにくい。なぜなら眷属になるには神像に触れなければならず、高位貴族にそんな自由はないはずだからだ。


 そうなると何かしらの方法で入り込んだことになる。呪いを使ったのか、別の方法を使ったのか。どちらにしても長期的な計画だな……頭が切れる眷属であることも考えておかないといけないかもしれない。


「でも、宰相補佐とはいえここまで国を操れるものかな。僕が今まで見てきた国の崩壊は、大概一番上の腐敗だったよ?」


 そう言って不思議そうに首を傾げたミローラ様に、アンとレベッカも納得するように頷いた。そして全員がセレミース様に視線を向けたところで――セレミース様は、真剣な表情で呪いに関することを口にした。


「セザールは何かしらの方法で呪いを自在に操っているようなのよ。その呪いによって、国王や宰相は操られているわ」

「呪いで人を操るなんて……聞いたことがないね。そもそも呪いの効果はランダムなはずだよ」

「ええ、そこは私も不思議に思っているの。私が呪いを使っていると分かったのは、セザールが呪いの霧を詰め込んだガラス玉のようなものを使ったから。そのガラス玉を僅かに割って中身を室内に充満させ、その時は宰相に色々と吹き込んでいたわ」


 セレミース様による呪いのガラス玉の話を聞き、ミローラ様は眉間に皺を寄せる。


「呪いのガラス玉……見たことも聞いたこともないね。破壊の神の眷属、セザールだっけ? そいつが開発したのかな。呪いって室内に充満したときに色はある?」

「薄れてほぼなくなるわ。だから相手も気づかないのでしょう」

「そんなに薄い呪いも初めてだね……」


 二柱の神が集まっても全く知らない呪い。やっぱり俺の村が壊滅した原因に、関係してる可能性はありそうだ。


「その呪いはセザールと戦うにあたり、危険なものなのでしょうか」


 レベッカが聞いたその質問に、セレミース様は少しだけ悩みながら口を開いた。


「多分だけれど、呪いのガラス玉に関してはそこまで心配いらないわ。宰相に使っている様子を見た限り、吸い込んですぐに何か異変が起きる様子はなかったから。しかし他に強い呪いを隠し持っている可能性もあるわ。油断はしないようにしなさい」

「確かにそうですね……他の呪いにも気をつけます」


 ただ今のところはセザールが呪いを操れるということしか分かっていないから、気をつけるのも難しい。万が一呪いに襲われても、すぐに光魔法で解呪できるように心構えをしておこう。


 それからこれは考えたくないけど……もしセザールが呪いの研究をしたことが真実だとしたら、俺の村が壊滅した時の呪いは研究の一環だった可能性がある。


 ただの研究で皆が死んだかもしれないなんて……またしても破壊の神の眷属、セザールに対する強い怒りが湧き上がりそうになり、なんとか精神力で押さえ込んだ。


 セザールと戦うことになったら、呪いのことは絶対に追及してやる。


「ではそろそろクーデター当日の具体的な話をしましょうか。セザールにどう対処するのか、そこが一番の問題よ」


 セレミース様がそう言って話題を転換させたところで、俺たちは思考を呪いからセザールとの戦いに切り替えた。

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