第79話 黒幕

 アンがエルネストたち勢力の仲間に加わってから数日が経った頃。森の中でいつものように三人で魔物を討伐していると、突然セレミース様からの今までにない大声が頭の中に響き渡った。


『リュカ! ついに分かったわ!』

「……っ」


 その声に驚いて思わず剣を落としそうになったが、何とか握り直して深呼吸をする。


 いつもは落ち着いてるセレミース様が、ここまで大きな声を出すなんて珍しいな。何かあったのだろうか。


『……どうされましたか?』


 少し緊張しつつ問いかけると、今度はさっきよりも幾分か小さな声が返ってきた。しかしその声音には、何かしらの強い感情が乗っているようだ。


『リュカが情報をくれたセザールという名の人間がいたでしょう? その者をずっと監視していたのだけれど、この男が帝国を失墜させた元凶に間違いないわ。まずはこの男……神の眷属よ。それもほぼ確実に、破壊の神のね』


 セレミース様の怒りが滲んだような言葉で伝えられた情報は、衝撃的なものだった。まさか神の眷属が関わっていたなんて……それも、破壊の神の眷属だ。


『……間違いないのでしょうか? 例えば死の神の眷属だという可能性は』

『そうね……他の神の眷属である可能性はかなり低いと思うわ。国の内部を荒らして争わせて破壊して、人々の関係性も破壊して、民の生活も全てを破壊して、今度は他国にまで侵略しようとしている。まさに破壊そのものを楽しんでいるという印象を受けるでしょう? そんなことをする悪趣味な神は、破壊の神しかいないわ』


 確かに帝国の一連の動きは、破壊を楽しんでると言われると納得ができるな。

 国が国として存続できないような状況を作り出して、帝国の上層部は何がしたいのかとずっと疑問に思っていたけど、破壊することが目的なら理解はできる。


 破壊したいという気持ちは全く理解できないけど。


『死の神だったらこんなに回りくどいことはしないのよ。死の神が動く時は、問答無用で端から皆殺しだもの』


 ……うわぁ、それも最悪だな。破壊の神も死の神も、人類からしたら最悪の神だ。


 そして大地の神の時も思ったけど、その神に賛同して破壊や殺しを率先して行なっている人間がいるというのが受け入れ難い。

 なんでそんな神に手を貸すんだろうか……


『眷属だと分かったのは、神域へ入るところを目撃したのですか?』

『ええ、そうよ。ついさっきね。それから今までの監視で分かったことなんだけれど、セザールは呪いを使って国の上層部を操っているみたいなの』


 俺はその言葉を聞いた瞬間に思わず固まってしまった。だって呪いって――魔物しか持ってないはずのもので、なぜかその呪いが魔物以外から発された可能性があるのが、俺の故郷の村の壊滅時なのだ。


 もしかして、故郷の村が壊滅した原因に、破壊の神の眷属が関わってるなんてこと――


 その可能性に思い至った瞬間、体の中で一気に激情が湧き上がるのを感じた。それを抑え込むために拳をキツく握りしめ、唇を噛み締める。


『リュカ、怒りで我を忘れてはダメよ』

『……はい。気をつけ、ます』


 セレミース様は俺の考えが分かったのか、真剣な声音で忠告してくれた。

 その声に少しだけ落ち着きを取り戻し、大きく深呼吸をする。


 はぁ……とにかく冷静に。落ち着こう。


『それでリュカ、敵が破壊の神の眷属ならばどうやって倒すのか話し合った方が良いわ。呪いへの対策もね。皆で今から神域に来られるかしら?』


 その提案で俺はここが森の中だったことを思い出し、近くにいるアンとレベッカがこちらに心配そうな表情を向けてくれていることに気づいた。


「リュカ、大丈夫?」

「怖い顔よ」


 俺の顔を覗き込んでくれている二人に、強張った表情筋を動かして笑みを向ける。


「心配かけてごめん。セレミース様と重要な話をしてたんだ。それで……これから神域に行きたいんだけど、一緒に来てくれる? 帝国をここまで酷い状況にした、その黒幕が分かったらしい」

「え、本当!?」

「それは今すぐ聞きに行くべきね」


 二人がすぐに頷いてくれたので、俺はレベッカとアンの手を取って神域干渉を発動させた。

 東屋の中に降り立ちセレミース様に挨拶をすると、アンが神域の中を興味深げに見回した。そういえば、アンはこっちの神域に来たのは初めてなのか。


「セレミース様の神域は、ミローラ様の神域とかなり様子が異なるのですね」

「ええ、神域にはその神の好みが大きく反映されるのよ。そうだ、この場にミローラも呼ぼうかしら」

「確かにそうですね。ミローラ様も喜ばれると思います」


 それからアンがミローラ様に連絡を取り、数分でこちらの神域にミローラ様がやってきた。セレミース様はミローラ様用のソファーを一瞬で作り出し、そこを勧めている。


「セレミース、ありがとう。僕も仲間に入れてくれて嬉しいよ」

「あなたの眷属も関わることだもの、当然よ」

「そうだよね……今回は何か新しいことが分かったの?」


 ミローラ様のその言葉に、セレミース様は俺たちをゆっくりと順に見回してから口を開いた。


「帝国が現状のようになった原因は……ほぼ確実に破壊の神の眷属によるものよ」

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