第78話 王国での動き

 アンがエルネストたちの勢力へ加わっていたちょうどその頃、アルバネル王国に帝国からの早馬が到着していた。


「私はエンバレク帝国の皇帝陛下より遣わされた者だ。陛下からの書状を預かっている。貴国の国王へ謁見を願いたい」


 使者のその言葉に王宮の門を守る兵士たちは緊急事案として、一気に国王の側近まで使者の到着を奏上した。

 それによって緊急で謁見が開かれることになり、王宮内は一気に慌ただしい雰囲気に包まれる。


 僅か数時間で整えられた謁見の間には、国王とその側近、それからアンリエット輿入れに際して護衛を務めた騎士たち数名が集まった。

 もちろんランシアンも謁見の間にいる。


「アルバネル国王、このような場を設けてくださり、恐悦至極にございます」

「構わん。それよりも早く本題に入れ」


 国王は緊急の使者ということで悪い内容を想像しているのか、イライラしている様子を隠しきれずに口を開いた。そんな国王に宰相が落ち着くよう耳打ちをしようとしたところで、先に使者の男が口を開いた。


「かしこまりました。本日は皇帝陛下より書状を預かっておりますゆえ、陛下に代わって代読させていただきます。――エルキュール殿、久しいな。此度は事前の知らせなしに使者を送ってしまい申し訳ない。しかしそれほどに緊急の案件ゆえ、受け入れてもらえたら嬉しい。ではさっそく本題だが、アンリエット王女の輿入れで問題が発生したようだ。山中の危険地帯で大型の魔物に襲われ、騎士たちも応戦したが馬車ごと崖下に転落してしまったと連絡が入った。それから崖下の捜索も騎士に指示を出したのだが結果は振るわず……我が国では、アンリエット王女の死亡を認めることとなった。貴国の姫をこのように亡くしてしまう結果となり、大変申し訳ないと思っている。此度のことの賠償金だが――」


 それからは今後の対処に関する話が一方的に皇帝により提案され、他国の姫を輿入れの最中に亡くしたとは思えない対応のまま、使者の話は終わった。


「以上でございます。数日以内に皇帝陛下の提案に関する貴国の返答の書状を受け取りたいのですが、いかがでしょうか」

「ああ、分かっ……」

「ゴホンッ」


 陛下が使者の言葉に頷こうとした瞬間、宰相が咳払いをして一歩前に出た。


「あまりに突然のことでこちらも混乱しているため、返答には相応の時間が掛かる。それまで貴殿には王宮の客室でお待ちいただきたい」

「……かしこまりました」


 宰相の言葉に使者の男性が頷いたところで、とりあえず謁見は終了となった。誰もがあまりに突然の事態に呆然としていて、アンリエット死亡の知らせに心を痛めている。


 国王と宰相ら側近が会議室に入ったところで、謁見の間にいた騎士たちは別の部屋で待機しているところになった。

 空いていた小さな会議室内で騎士だけになったところで、ランシアンが拳をキツく握りしめて後悔を滲ませた様子で口を開く。


「王女殿下が……なぜ、なぜこんなことに。やはり逃がして差し上げれば良かったのだ……」


 その言葉を聞いた他の騎士たちは、誰にも聞かれてないかと慌てて周囲を見回しランシアンの口を塞いだ。


「そんなこと言っちゃダメですって!」

「その一言で僻地に飛ばされますよ」


 騎士たちはランシアンを心配して声をかけるが、その言葉は全く耳には届いていない。ランシアンの胸にあるのは深い自責の念だけだ。


 ――もっと強く輿入れの反対を進言していれば、何かが変わったかもしれないのに。せめて騎士の同行だけでも無理やり認めさせれば良かった。


「アンリエット王女殿下は、崖から落ちたと言っていたな」

「……はい。馬車ごとだと」

「しかし遺体は見つかっていないんだったな」

「そう言っていましたが……隊長、馬鹿なことを考えてないですよね?」


 部下のその言葉に返答はせず、ランシアンは真剣な表情で宙を睨んだ。


 ――もしかしたら、まだ崖下で生きておられるかもしれない。それならば、早く助けに行かなければ。


「お前たち、我が国の騎士団が帝国内でアンリエット王女殿下を捜索したいという願いは、聞き届けられると思うか?」

「そんなの絶対に却下されます」

「やはりそうか。……それなら、冒険者になるしかないな」


 ランシアンがポツリと呟いた言葉に、他の騎士たちがギョッと目を剥いた。


「騎士を辞めるつもりですか!?」

「なんでそこまで……もちろん王女殿下のことはとても悲しいですが、もう諦めるしか」

「私は諦めたくない。少しでも可能性があるなら、最後まで手を尽くしたいんだ。――王女殿下には、たくさんの恩があるからな」

「そういえば隊長は、王女殿下がいなければ騎士を辞めなければいけなかったと前に仰っていましたね」

「そうだ。さらに王女殿下がいなければ、実家である伯爵家もとうに潰れていただろう」


 ――あんなにたくさんの恩をもらっておいて、何もできず帝国に送り出し、こんな結果になってしまうなんて。


 ランシアンは自分の不甲斐なさに拳を机に打ちつけた。


「……やはり私は行く。お前たち、この後のことは頼んでも良いか?」

「はぁぁぁ、しょうがないですね。分かりました。後は俺たちに任せて行ってください。絶対に王女殿下を助け出してくださいね。生きておられると信じましょう」


 部下の騎士が大きく息を吐き出してから告げた言葉に、ランシアンは瞳を見開いてから、僅かに口角を上げた。


「ありがとう。恩に着る」


 それからランシアンは一秒でも早くと駆け足で寮の自室に戻り、私服の旅装に着替えて自前の武器を持ち、部屋にあった全ての金と保存食を鞄に詰め込んだ。


 そして騎士団を退団する旨を記した手紙と実家に迷惑をかけることへの謝罪の手紙をしたため、王宮を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る