第65話 街の様子と人助け

 次の日の朝。俺たちは早い時間からイヴァンさんとロザリーさんの家を後にして、まずは街の大通りに向かった。


「改めて、本当に荒れてるね……」

「ああ、国全体がスラムみたいなものだな」

「まずはどこに行く?」

「とりあえず、一番栄えていただろう場所を順に回ってみるか。そこが全て同じように廃れていたら、この街はどこに行っても同じ景色だろうから」

「確かにそうだね。じゃあまずはこの大通りを王城に向かって進んでみようか」


 以前は商店だったのだろう建物は木材が朽ちていて、石造りの部分だけが汚れながらも残っているようだ。石造の建物も壊れているところは、誰かが近くで戦闘でもして流れた攻撃が当たったのかもしれない。


「大通りは本当に人がいないね」

「ここは人に見つかりやすいから誰も来ないんだろうな。あっ、でもあそこに人がいる」


 大通りの端に何人かの男が群がっていて、誰かを怒鳴りつけているようだ。


「おいおっさん、その肉を寄越せば見逃してやるって言ってんだろ!」

「早くしろよな!」

「どうせどっかから盗んできたんだろ? それならまた盗めばいいじゃねぇか」

「こ、これは、近所の皆と街の外で討伐した魔物の肉で、私のものです」


 男たちが取り囲んでるのは線が細くて気弱そうな男性だった。腕には葉っぱに包まれた何かが抱えられていて、それが肉なのだろう。


「そうかそうか。でもそんなのは関係ねぇんだ! 早く寄越さねぇと……」


 男が手に持つ鉄製の棒を掲げて見せると、真ん中にいる男性は恐怖から顔色を悪くして首を何度も横に振った。


「そ、それだけはやめて下さい……! あの、では半分だけ差し上げますから」

「ダメだ、全部だ」


 鉄の棒を持った男がそう言って嫌な笑みを向けたところで、俺は男たちに声をかけた。


「おい、止めろ」

「はぁ? 邪魔してんじゃねぇよ!」


 男は俺たちのことを振り返って怒鳴りつけると、よほどイラついているのか、そのまま鉄の棒を思いっきり振り下ろしてきた。

 それを剣で弾いて男の喉元に剣先を突きつけると、男はさっきまでの威勢は完全になくし、顔色を悪くして冷や汗を流す。


「止めろ。って言ったよな」

「……わ、分かったぜ。止める、止めるからその剣を下ろしてくれ」

「お前たちが立ち去ったら下ろしてやる」


 その言葉を聞いた男たちは、俺に怯えるような視線を向けながら近くの路地に走り去っていった。


「あ、あの、助けてくださって本当にありがとうございます……!」

「気にしないでください。怪我はしてませんか?」

「大丈夫です」

「いや、服に血が滲んでますよ。それに頬にもかすり傷が」


 レベッカが心配そうな表情で男性の怪我を示すと、男性は苦笑を浮かべながら肩を落とした。


「これは魔物にやられた怪我なので、さっきの男たちじゃないです。私は見た目の通り弱いのですが、妻と娘たちのためにも食料を確保しなくてはいけなくて……」

「魔物に……」


 そういえばさっき、魔物討伐をして得た肉だって言ってたな。こんなに怪我をして肉をやっと一抱え手に入れているようじゃ……この人は、近いうちに命が危ないんじゃないだろうか。


 こんな人は街に溢れてるのだろうけど、一度関わってしまったらこのまま見て見ぬふりをすることはできない。


「あの、ちょっと路地に来てもらえますか?」


 俺のその言葉に男性は警戒しつつも、俺たちがさっき男性を助けたからか、信用して付いてきてくれた。


「俺は光魔法が使えるので、怪我を治しますね」

「……え!? そんなの悪いです! 対価としてお支払いできるものが何もありませんし……」

「それは気にしないでください。じゃあいきます」


 このままでは男性はずっと遠慮するだろうと思って、少し強引にヒールを発動させた。


「どうですか?」

「す、凄い……ですね。全く痛みがなくなりました」

「それなら良かったです」

「本当に、本当にありがとうございます……」

「いえ、気にしないでください。俺たちは別の国から来ましたが、この国がおかしいんです」

「皆さん大変ですよね……これも持っていって下さい」


 レベッカが鞄から取り出したのは、麻袋に入ったたくさんの芋だ。他の野菜もいくつか入っている。今日の朝早くにレベッカと一緒に神域へ向かい、困っている人がいたら渡そうと準備をした。


 神域には調理済みの食事がたくさん保存してあるが、野菜や穀物などの食材も保存してあるのだ。これから先で食料が手に入らない場所に行くことになった時のためと溜め込んでたものだけど、役に立って良かった。


「……芋と野菜」

「ちょうど持ってたんです。私たちは魔物を倒して肉をいつでも手に入れられますし、この街から出ていくこともできますから。ぜひ食べて下さい」


 レベッカのその言葉に男性は躊躇いを見せたけど、保存の効く食料の魅力に抗えなかったのか、ゆっくりと手を伸ばして受け取ってくれた。


「ありがとう、ございます」

「気にしないでください。自宅はどこですか? 距離があるなら送ります。その代わりにこの街のことを教えて下さい」

「……分かりました。よろしくお願いします」

 

 それから俺たちは男性にこの街の詳しい現状を聞きつつ、路地を奥へと進んでいった。男性は帝国がおかしくなる前は古本屋を営んでいたようで、ロザリーさんとはまた違った視点でこの街のことを知ることができた。


「うちはここです。本当に、本当にありがとうございました」

「こちらこそ、色々と教えていただけて助かりました」


 男性が家の中に入るところを見届けてから、俺たちはまた大通りに向かうために来た道を戻った。

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