第63話 この国の現状

 宿屋時代の名残りなのかたくさんある椅子を勧められた俺たちは、椅子に腰掛けてやっと一息ついた。


「俺はイヴァンと言う。妻のロザリーと子供たちだ。正直かなり生活は厳しく、食料は本当にありがたい」

「ロザリーです。改めてありがとう」

「お兄ちゃんお姉ちゃん、ありがとう!」

「いえ、こちらこそとてもありがたいです。あの、私たちのことは気にせず食事にしてください」


 子供たちが野菜をそのまま食べようとしている様子を見て、レベッカがそう声をかけた。


「いいのかしら?」

「もちろんです。あっ、私たちも少し食事をいただけるとありがたいです」

「それはもちろんよ。じゃあイヴァンに久しぶりの美味しい食事を作ってもらおうかしら」


 ロザリーさんがそう言うと、イヴァンさんは満更でもない様子で立ち上がる。


「任せておけ」

「ありがとう。楽しみにしているわ」

「イヴァンさんが料理担当だったんですか?」

「そうよ。あの人は接客が苦手でね、私がお客様に対応していたの」

「そうなんですね」


 宿屋で腕を振るっていた人の料理が食べられるなんて思わぬ幸運だ。アルバネル王国とは違う調理法があったりするのだろうか。


「あっ、そういえば魔石って足りてますか?」


 魔道具を動かす魔石も不足してるんじゃないかと思ってそう聞くと、イヴァンさんがぐるっと凄い勢いでこちらを振り返った。


「魔石もあるのか!」

「あ、ありますが……」

「一つもらえるとありがたい。魔道具が次々と使えなくなってるんだ……!」

「もちろんです。えっと……五つあるので全部どうぞ。また魔物を倒したら魔石も取ってきます」

 

 魔石は場所を取らないからと、いくつか鞄に入れておいて良かった。全部神域に置いておくと咄嗟に取り出せないから、少しは鞄に入れておくといいかもな。


「本当にありがとう。これで美味い料理が作れる!」


 イヴァンさんは嬉しそうに顔を明るくすると、魔石と食材を腕に抱えて、厨房に続くのだろう扉の向こうに消えていった。

 そんなイヴァンさんに子供達がついていき、ロザリーさんはイヴァンさんの後ろ姿を見て笑みを浮かべている。


「あの人の、あんなに楽しそうな顔は久しぶりに見たわ」

「喜んでもらえて良かったです。……あの、この国について聞いてもいいでしょうか?」

「もちろんよ。私に話せることなら話すわ」


 ロザリーさんがすぐに頷いてくれたのを見て、俺はまず何から聞いたらいいのかと悩みながら口を開いた。


「仕事とかは、どうしているのでしょうか? やっているお店などはあるのですか?」

「そうね……もうないと思うわ。お金も意味をなさなくなってしまって、今は誰もが明日を生きていくのに精一杯よ」

「食材は、どこから手に入れているのでしょうか?」


 レベッカが聞きづらそうにその言葉を口にすると、ロザリーさんは遠くを見つめながら表情を暗くした。


「庭がある家はそこで野菜を育てていて、それ以外は魔物を狩るしかないの。だから皆で武器とも言えないものを持って街の外に行くんだけれど……帰ってこなかった人が何人もいるわ」

「そうなのですね……」

「ええ、あの人もいつそうなるかと心配していたのだけれど、あなたたちのおかげでしばらくは大丈夫そうね。本当にありがとう」


 餓死するか魔物に殺されるかなんて、最悪の二択だな。本当にこの国はヤバい。この状況を作り出した上は何を考えてるんだ。


「この街から逃げる人はいるのでしょうか?」

「街の外に伝がある人はもうかなり前にいなくなったわ。今ここにいるのは街の外に行く場所がない人たちね」

「逆にこの街に来る人はいますか? 私たちみたいに」


 レベッカのその質問に、ロザリーさんは少しだけ悩むような仕草を見せた。悩むってことは、来る人が全くいないわけじゃないんだな。


「たまにいるわ。でもほとんどは腕自慢の暴力的な人たちで、たまに何も知らない商人や冒険者が来るけどすぐに帰っていくの。ただ何人かの心優しい冒険者が、この街に残って私たちのために魔物を狩ってくれたりしていたわ」

「そんな人もいるのですね」

「ええ、ただそういう人も目を付けられないようにと、しばらくするとどこかに行ってしまって……」


 まあそうだよな……よほど強い人じゃなければ、力こそ正義なこんな街にいたくはないだろう。騎士に目をつけられたら終わりなのだから。


 そこで俺たちはあまりにもヤバい帝国の現状に何も質問が思い浮かばなくなり、ロザリーさんはそんな俺たちの様子に苦笑を浮かべた。


「あなたたちはとても優しいのね。心を痛めてくれてありがとう」

「……いえ、当たり前です。こんな国はおかしいですよ」

「俺もそう思います」

「ふふっ、あなたたちに会えて良かったわ」


 そう言って笑ったロザリーさんは、長くは生きられないことを察しているかのような表情だ。そんなロザリーさんの様子に俺たちは拳を固く握りしめた。


 これはゆっくりと情報収集をしてる時間はないかもしれないな。早くこの国をなんとかしないと。

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