第61話 冒険者ギルド

 門番に教えてもらった場所に向かうこと十分ほど。俺たちは冒険者ギルドらしい建物の前にいた。


「ここ、だよね?」

「そうだと思うけど……」


 二人で建物を見上げながら、その外観に躊躇ってしまう。確かに建物の作りはアルバネル王国にあった冒険者ギルドに似ているけど、その荒れ具合から廃墟にしか見えない。


 窓は所々割れていて、壁面は薄汚れている。さらに建物の周りにはゴミも散乱し、入り口のドアは取手が壊れて外れているみたいだ。


「中から声は聞こえるよね」

「そうだな……帝国の人間で運営は継続されてるのかも」


 俺とレベッカは顔を見合わせ頷き合ってから、ほんの少しだけ外側に開いているドアの隙間に手を差し入れ、ゆっくりと開いた。


 すると中には、十人ほどの男たちがいた。無秩序に置かれたテーブルや椅子に腰掛け、誰もがイラついているような、そんな雰囲気を発している。


「お前ら、誰だ?」


 男たちは突然の乱入者である俺たちに、鋭い視線を向けた。これは情報なんて得られそうにないかもしれない。この男たちはギルドを運営しているというよりも、空き家を勝手に使ってるだけだろう。


「見ねぇ顔だな」

「おいおい、可愛い女がいるぞ! 女なんて久しぶりじゃねぇか! 最近の女は引きこもって出てこねぇからな」


 一人の男が俺の後ろにいたレベッカに気がつくと、途端にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてそう叫んだ。


 それを皮切りに他の男もレベッカに気づいたのか、レベッカのことを舐めるように見つめる。そしてその後に俺へと視線を移し、俺のことを勝てる相手だと判断したのか嬉しそうに笑みを深めた。


「ここって冒険者ギルドじゃないのか?」


 レベッカをさりげなく後ろに庇いながらそう聞くと、男たちは俺の言葉に興味はないのか適当に首を振っただけだった。


「冒険者ギルドなんてもうねぇよ」

「それよりもお前、その女は彼女か? それなら大事に隠しとかねぇとダメだぜ?」


 こいつらの興味は完全にレベッカに集中しているらしい。これじゃあ情報なんて得られないし、ここにいても意味がないな。


 とりあえず帝国には冒険者ギルドがないってことは分かったし、早めに撤退しよう。


「ギルドがないなら用はない。邪魔して悪かったな」


 俺は冷静に対処するように努めて、簡潔にそう告げてからレベッカの手を取った。そして冒険者ギルドだった建物から離れるようにと足早に歩いたが……下卑た笑みを浮かべた男たちに周囲を囲まれる。


「おいおい、聞きたいことだけ聞いて、はいおしまいはねぇだろ?」

「だよなぁ。お礼をもらわねぇと」

「その女をちょっと貸してくれるだけでいいぜ?」


 男たちのその言葉に、レベッカの手のひらに痛いぐらいの力が入るのが分かった。


「最低最悪な男たちね。絶対モテないでしょ?」


 レベッカはかなり怒ってるのか、挑発するような声音でそんな言葉を口にする。俺はそんなレベッカの言葉に苦笑を浮かべつつ、腰に差してあった剣を抜いた。


 できれば穏便に済ませたかったんだけど、もう無理だよな。


「大人しく従っておけば可愛がってやったのによ、馬鹿なやつらだ!」


 男たちはレベッカの言葉に顔を赤く染め、実力行使に切り替えたのかそれぞれの武器を抜いた。この国ではこうして実力で奪い合うのが当たり前ってことだよな……改めてヤバい国だと実感できる。


「矢を刺してもいいかな」


 隣から聞こえてきた物騒な言葉に、俺は男たちから視線は逸らさず頷いた。


「急所は逸らしてあげて」

「はーい」


 少し不満そうなレベッカの返答が聞こえた瞬間に、一人の男が地面を蹴って俺に向かって剣を振り下ろした。俺はその攻撃を軽く受け流して、剣の平らな部分で男の腹を殴る。


「ガハッ……っ」

 

 男がその場に蹲った瞬間、ヒュンッと矢が風を切る音が数回聞こえ、数人の男たちが呻き声をあげてその場に倒れた。

 レベッカは足を狙ったみたいだ。矢が突き刺さると致命傷になりかねないからか、太腿を掠るように放たれた矢は数人の男たちに同じ形の傷を付けている。


 やっぱりレベッカの矢を射る正確性は凄いな。ちょっと怖いぐらいだ。


「お、おい、こいつら強いぞ!」


 何人かの男は俺たちの最初の攻撃で実力差を悟ったのか、戦意を喪失したらしい。しかしまだ戦う意欲が残っている者がいて、三人の男が一斉に俺たちに向かって飛びかかってくる。


「リュカ、一人は私にやらせて」


 ナイフを取り出してそう言ったレベッカの意を汲んで、俺は二人の男を引きつけるために剣を振るった。一人の男は剣を弾いて蹴り飛ばし、もう一人の男は剣を受け止めてアイスボールで攻撃した。


 そうして俺が二人を無力化している間に、レベッカも上手く男の剣を避けて懐に潜り込み、ナイフで剣を握る腕を切り付けることに成功したようだ。


 前からナイフの扱いも上手いと思ってたけど、最近は重点的に鍛錬をしてるからか、もっと上手くなっている。


「お前たちはどうする?」

「も、も、もちろん戦わねぇ! 許してくれ……頼む!」

「命だけはどうか……!」


 残った男たちは全員が武器を手放してその場に両膝を付いたので、戦意なしとみなして剣を鞘にしまった。


「あ、ありがとう……ございます」


 男たちのこの怯え方を見るに、この街では戦いに負けたら命を取られることも普通にあるってことだよな。これは早急にどうにかしないとまずいだろう。

 俺はあまりにも酷い帝国の現状に、思わず溢れそうになるため息をなんとか飲み込んだ。

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