第58話 アンも帝都へ
馬車の中から神域に避難した私は、ミローラ様と共に水鏡に映る下界の様子を眺めた。今はちょうど現場から騎士たちが立ち去るところだ。
「二人は上手くやったね!」
「はい。作戦が成功したのはリュカとレベッカのおかげです。本当にありがたいです」
私がしみじみとそう呟くと、ミローラ様も頬を僅かに赤く染めて頷いた。
あの二人がいなかったらどうなっていたか……一人で死亡を偽装するのはかなり難しかっただろう。ただ逃げ出すだけならば一人でも可能だけれど、その場合はアルバネル王国にどんな影響があったのか予想できない。
「ミローラ様、これから私は歩いて帝都まで向かわないといけません。魔物や帝国の騎士、その他にも私の脅威となるものが近づいてきていたら教えていただいても良いでしょうか」
「もちろんだよ。アンリエットの安全は僕が守るからね!」
「ふふっ、ありがとうございます。とても心強いです」
胸を張って自信ありげなミローラ様が微笑ましく見えて、私は思わず口端を緩めた。するとミローラ様は、にっこりと笑みを浮かべて私の顔を覗き込む。
「アンリエットは笑ってる方が可愛いね」
「……そうでしょうか?」
「僕が言うんだから間違いないよ」
ミローラ様がそう仰ってくださるのなら、もっと笑うように意識しても良いかもしれないわ。
「変身ローブを着ちゃうのが勿体ないなぁ」
「神域では脱ぎますよ。帝国で私の素性がバレないようにするためですから」
帝国でのやるべきことが終わったら、私はアンリエットとして自由を勝ち取るために王国へ戻るのだ。リュカとレベッカの任務失敗の汚名を晴らし、私は王籍を離脱する。
王国に戻るなんて選択肢が生まれたのも、リュカとレベッカのおかげだ。帝国が今のままで続いていくとしたら、私は逃げ出してもひっそりと隠れて暮らしていくしかなかった。
本当に二人には心からの感謝を伝えたい。恩返しができたら良いけれど……せめて、これ以上の迷惑はかけないようにしなければ。
王国に帰ってから、お父様は王籍からの離脱をすぐに認めてくださるだろうか。お父様は気まぐれなところがあるから、不安は拭いきれない。また二人に迷惑をかけることにならなければ良いけれど。
「アンリエット、僕がいるから大丈夫だよ」
これからのことを考えて不安に思っていたら、ミローラ様には私の不安がお見通しなのか、明るい声音でそんな言葉をかけてくださった。
本当にミローラ様にもいつも救われている。ミローラ様への恩返しも必ずしたい。
「ありがとうございます。とても心強いです」
私のその言葉に満面の笑みを浮かべてくださったミローラ様に、私の心はふんわりと温かくなった。
それから私は変身ローブで姿を変えて、崖の上に降り立った。深い山の中で一人だけという状況には緊張するけれど、頭の中に聞こえてくるミローラ様からの言葉に一人じゃないと実感できる。
『とりあえず、周囲には人も魔物もいないかな』
『分かりました。ありがとうございます』
『そうだ、アンリエットが帝都に向かい始めたことはセレミースに伝えてもいい? リュカとレベッカにも伝わることになるけど』
『もちろんです。よろしくお願いします』
『了解! じゃあ伝言は任せておいて』
ミローラ様からの声が聞こえなくなったところで山の中にある道を、急がず焦らず着実に進み始めた。
私は眷属と言っても全く鍛えていないから、身体能力は人並みだ。それも街の中で普通に暮らしている人々と同程度だ。魔法だって実戦で使った経験はほとんどないから、頼るには心許ない。だから油断したらダメだ。
魔物に相対することに全く慣れていないどころか、魔物を間近で見たらたぶん動けないだろう。リュカたちに最初に助けられた時のように。
あの時は今思えば、私の拙い攻撃魔法でも倒せる魔物だったし、そうでなくても周囲を確認して神域に逃げれば良かったのだ。
でも突然たくさんの魔物に襲われて、パニックになってしまった。あんなことにはならないように、とにかく冷静を心がけないと。
魔法で倒せそうなら落ち着いて魔法を放つ。私の魔法では危険そうならすぐ神域に逃げる。この決まりを絶対に破らないようにしよう。
「でも、できれば強い魔物も倒せるようになりたいわよね……」
自分の口からぽろっと溢れた本音に、私は自分で苦笑を浮かべた。
やっぱり足手纏いというのは嫌なのだ。リュカとレベッカと一緒にいるのなら、二人に守られるだけではなくて、私も二人を守れる存在になりたい。
ミローラ様のおかげで下地はあるのだから、後は努力するだけだ。
『アンリエット、魔物と戦うなら火魔法と雷魔法はやめておいた方がいいよ。木々が燃えたら大変だからね』
『かしこまりました。では……風魔法にしておきます』
私の言葉が聞こえたのか的確な助言をくれたミローラ様に感謝し、まず習得する魔法を決めた。帝都に着くまでに魔物を一人で倒せるようになることが目標だ。
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