第56話 作戦決行

 リュカが森に入ってから十分以上は経過している。まだ異変は感じ取れないけど、そろそろかな。私は緊張から冷え切ってしまった手先を少しでも温めるために、拳を握りしめた。


「あいつ、おせぇな」

「変なもんでも食ったんじゃねぇの?」

「腹が痛くて泣いてるんじゃねぇ?」


 騎士たちのリュカを馬鹿にするような下品な会話が聞こえてくるけど、今はそれどころじゃなくて全く気にならない。


 多分そろそろだ。魔物の足音が聞こえたら警戒のためアンの馬車に近づいて、魔物が来たら馬に続く縄をなんとか切る。御者の男性が動けてないようだったら、飛び降りるように声をかけることも必要だよね。


「……グォ……ォォ……」

「……っ、……」


 これからの手順を考えていたら耳に微かな魔物の叫び声が届き、私は思わず息を呑んだ。


「おい、さっき何か聞こえたよな?」


 騎士たちも気づいたらしい。眉間に皺を寄せて、周囲をしきりに観察している。


「森の中にいる魔物が遠吠えでもしたんだろうな」

「こっちにくると思うか?」

「いや、可能性は低いだろうが……一応警戒すべきだな」


 そんな話をしている間に森から鈍い音が響いてきた。魔物が暴れ回ってるような、木々が薙ぎ倒されるような、いやでも緊張感を高められる音だ。


「おいおい、魔物同士が戦ってんのか?」

「こっちに来られたら巻き込まれるぞ。スピードを上げるか」

「そうだな。先頭と話してくる」


 一人の騎士がそう言って馬を操ろうとした瞬間――至近距離で魔物の叫び声が響いた。

 そしてその数秒後、銀色に輝く巨体が森から姿を現す。大きさは馬車より二回りも三回りも大きくて、見るからに固そうな鱗で全身が覆われている。興奮状態なのか、こちらの様子を窺うこともなく突っ込んでくるようだ。


「メ、メタルリザードじゃねぇか!? 運が悪すぎるだろ……!」


 メタルリザードか……確かに馬車を落としてもらうには最適な魔物だ。でも少し強すぎる。私だけじゃ手に負えないかもしれない。


「アンリエット様!!」


 私はとりあえず作戦を実行しようと思い、騎士たちが動揺しながら魔物に対して剣を抜く中、アンが乗る馬車に向かって全力で駆けた。

 そして魔物が好む植物のおかげなのか、アンの馬車へと一目散に突進していくメタルリザードに対して弓を連射する。


 五本放った弓のうち二本を上手く縄に向けて放つと、馬が馬車から離れたのが確認できた。よしっ、とりあえず最低限の任務達成だ。


「アンリエット様、馬車から降りてください……!」


 ナイフでメタルリザードを攻撃しつつそう叫ぶと、御者の男性は御者席から転がるように降りたけど、もちろん馬車の扉は開かずに……アンを乗せた馬車は、メタルリザードによる突進で呆気なく崖下に落ちた。


 かなりの高さがあるので落ちた瞬間から少し遅れ、馬車が崖下の木々にぶつかり固い地面で大破した音が聞こえてくる。


 ――よしっ、成功だ。


「おいっ、ヤベェぞ!」

「どうする!?」

「王女様が……!」

「それよりもこいつを倒さなきゃ俺たちもやられるぞ!」


 騎士たちはアンを乗せた馬車が落下したことで動揺しているのか、メタルリザードに対して有効打を与えられないようだ。


 あんなに威張ってたくせに、全然強くないじゃん。私は騎士たちの戦いを見て怒りが湧いてきた。

 このレベルが帝国のトップなんてことはあり得ないだろうから、アンの護衛に精鋭を送らなかったのだろう。アンがどれほど酷い待遇の中で生活する羽目になっていたのか、想像するだけで怒りの涙が滲んでくる。


「ちょっと、なんでそんなにバラバラなの!? 騎士なんだから連携して前衛を務めてよ!」

「お前に言われなくてもやってやるよ!」


 私は騎士たちがなんとか立て直してきたところで、後衛に下がって落ち着いて弓を構えた。さっき攻撃した感じだと凄く硬かった。多分弓が通るのは瞳だけだ。


 暴れ回っているメタルリザードの動きを見極めて……力を込めた一矢を放つ。


 するとその矢は私の狙い通り、右目の中心に直撃した。


「グォォォォォォォォォォ!!」


 メタルリザードはその痛みからか叫んで暴れ回り、自分を傷つけた相手、私に怒りの視線を向けてきた。


 ――やばい、かも。


 鋭い視線に射抜かれて冷や汗が背中を流れたその瞬間、私の隣に安心できる温もりが帰ってきた。そう、リュカだ。


「レベッカ、お待たせ」


 小さな声でそう言ったリュカは、剣を抜いてメタルリザードに駆け寄っていく。私はその後ろ姿を見て心から安堵した。


「何が起きてるんだ! アンリエット様は!?」


 騎士はリュカの質問に対して、躊躇うように崖下に視線を向けた。するとその様子を見たリュカは、瞳を見開いて怒りと悲しみの表情を作り出す。


 リュカって演技力あるんだね……本当に今初めて知ったような、そして焦って悲しんでいるように見える。


「なんでこんなことに……!」


 リュカは怒りに任せてメタルリザードへ攻撃しているように見せながら、着実にダメージを与えていった。そんなリュカの動きや剣捌き、さらには魔法を見て、騎士たちは衝撃を受けているようだ。


「こいつ、こんなに強かったのかよ」

「……俺ら、やばいんじゃねぇ?」

「あいつに色々言ったよな……」


 騎士たちが呆然とリュカの戦いを見ている間に、メタルリザードは数多の傷をつけられ地に伏した。


「倒した、のか?」

「ああ、死んでいる」


 メタルリザードに近づいて生死を確認したリュカの様子に、騎士の半数は安堵して体の力を抜いたようだ。しかしリュカが崖下を覗き込んだことで、現状を思い出したのか顔を強張らせる。


 私はアンが本当に助かったのか聞くためにも、リュカの下に向かって足を動かした。

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