第55話 難所へ
帝国に入ってから数日が過ぎ、俺たちはやっと作戦を実行するポイントである難所の入り口に到着していた。この難所は山の中腹あたりにある山道らしく、左側がすぐ崖になっていて、右手側は聳え立つ岩壁だったり深い森だったりするそうだ。
俺は右手側の森の中に入って魔物を見つけ、なんとか馬車に誘導しなくてはいけない。
「ここからしばらく左側は崖になる。落ちねぇようにな」
「かしこまりました」
御者席に座る男性が緊張の面持ちで頷いたところで、さっそく難所に入った。
帝国に入ってからの隊列は、アンの馬車の前後に一台ずつの馬車があるだけで、全部で三台が並ぶ短いものだ。その前後左右に馬に乗った騎士がいて、俺たちは後ろ側にいる騎士たちと並走していた。
しかし難所に入ってからは道幅が狭くなったので、馬車の左右にいる騎士たちは前後に分かれた。さらに危険度を少しでも下げるためか、進む速度もかなり遅くなった。
「このぐらいなら楽だね」
ホッとしたような表情で小声で発されたレベッカの言葉に、俺も頬を緩めつつ頷き返す。
この速度なら魔物を連れて馬車に追いつくことも容易だろう。あとの問題は……
「レベッカの方は大丈夫?」
アンが乗る馬車の馬を助けられそうかという意図を込めた問いは、正確にレベッカへと伝わったらしい。レベッカはさりげなく左右に立ち位置を変えて馬車を凝視し、それからゆっくりと頷いた。
「問題ないと思う」
「それなら良かった」
『セレミース様、魔物は見つかりましたか?』
レベッカとの話を終えた俺は、さっそくセレミース様に声を掛けた。今回の作戦はまず何よりも魔物がいないと始まらないのだ。
『ええ、ちょうど良いのがいるわよ。メタルリザード、知っている?』
『……見たことはありませんが、本に載っていた知識はあります。金属のように硬い鱗によって、魔物の中でもトップに食い込むほどの防御力を誇るんですよね。さらに素早さもかなりのもので、額部分にある尖った鱗を使った突進と、尻尾での薙ぎ払いに警戒と書かれていました』
『ええ、その通りよ。メタルリザードならば馬車を落とす前にやられることはないでしょうし、上手くいく可能性が高いと思うわ。もう少し先で岩壁が途切れて森に入れるようになるから、そこから森に入って……十分ほどの場所ね』
森の中を徒歩で十分か。それほど遠くない場所にいるんだな。
『では森に入ったら案内をお願いします』
『ええ、任せておいて』
俺が失敗したらアンは帝国に嫁がないといけなくなる。逃げることができなくなる。失敗は許されない、絶対に成功させないと。
そう考えると心臓がバクバクと動いて緊張に飲み込まれそうになるけど、手のひらに爪を食い込ませることでなんとか意識を保った。
「レベッカ、そろそろ行くよ」
小声でそう伝え、レベッカが小さく頷いたのを確認したところで、俺は近くにいる騎士に声をかけた。
「ちょっと腹痛で抜けます。あとで走って追いかけるので進んでいてください」
真面目な騎士に声をかけると、特に不審がられることもなく無言で頷いてもらえた。俺は他の騎士が付いてくると言い出さないうちにと、さっそく森の中に入る。
そして隊列が進んでいくのを確認し……森の中を急いで駆けた。
『セレミース様、案内をお願いします!』
『もう少し左に進路を変えた方が良いわ』
『分かりました』
セレミース様のおかげで危険な森の中もスムーズに進むことができ、どんどん森の深い場所に入っていく。
『そろそろでしょうか?』
『ええ、メタルリザードはもう足音に気づいているわ』
そんな近くにいるのか。メタルリザードは確か二足歩行もできるんだよな。立ち上がると人が三人分ほどの高さになると書かれていた。
『リュカ、止まって』
『……まだ見えないですが』
『木々の隙間から見えるはずよ。ゆっくりと前に進んで』
そこからは慎重に足音を殺しながら前に進むこと十歩ほど。俺の視界に銀色に輝く鱗が飛び込んできて……そんな鱗の中にある鋭い瞳に俺の姿が射抜かれた瞬間、メタルリザードは雄叫びを上げて地面を蹴った。
「速っっ……っ」
『リュカ、逃げる方向はもう少し右よ。その先に岩壁があるからそれを迂回して、あとはそのまま真っ直ぐ進めばさっきの道に戻るのだけれど……少しだけリュカの方が早いかもしれないわね。もう少し時間を稼いで』
時間を稼いでって……っ、俺から矛先を馬車に向けてもらわないといけないから、攻撃するわけにはいかない。
とにかく逃げて走って時間を稼ぐしかないよな。
『セレミース様! アンは魔物が好む植物を持っているでしょうか?』
『ミローラに聞いてみるわ――――持ってるみたいよ。さらに風魔法で香りを馬車の外にまで出しているようだから、近づけばリュカから矛先を変えるはず』
じゃあ後は、俺がこいつを上手く誘導するだけだな。
後ろを振り返ると、ドタバタと地面を踏み鳴らし木々を薙ぎ倒し、凄い形相で俺を追いかけるメタルリザードがいた。
『……お腹が空いてる個体だったようね』
やっぱりそうだよな! この必死さ、獲物を絶対に逃さないと言わんばかりだ。
俺は時間を稼ぐために岩壁の迂回を大回りにして、必死で森の中を駆けた。邪魔な木々や草木は風魔法で刈り、不安定な足場は土魔法で固めて、ヘマをしないように細心の注意を払う。
『そろそろいいでしょうか……!?』
『ええ、そのままの速度でさっきの道に戻って。少しだけ早く走ったほうが良いわ』
セレミース様からの無茶な要望になんとか答えてスピードを上げ、俺はひたすら走った。そして薄らと山道が見えたか見えないか、そんな場所で土魔法を発動させ、地面に俺がギリギリ入れるほどの縦穴を作り出す。
そこに上手く飛び込むと……メタルリザードは俺を見失ったことで一瞬だけ足を止めたが、すぐ山道にたくさんいる獲物に気づいたようだ。嬉しそうな雄叫びを上げて山を駆け降りていく。
「よしっ」
俺はその様子を確認してから小さくガッツポーズをして、すぐに縦穴から地上に戻った。
土埃などを落としたら、森の中を山道と水平に少しだけ後ろに戻る。誰にも見られてないことを確認して山道に戻り、任務完了だ。
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