第53話 国境へ

 騎士たちの感動と興奮が少し落ち着いたところで、俺たちは地に倒れているアースドラゴンのところに向かった。改めて近づくと、かなりの大きさだ。


「これ、どうしますか?」


 レベッカがランシアン様に視線を向けて尋ねると、ランシアン様は少しだけ考え込み、アンに決断を委ねようと思ったのか馬車に向かった。

 そして馬車の扉の前に跪くと、扉は開けずに声を張る。


「王女殿下、アースドラゴンは討伐いたしました。近くの街まで運ぶか、次の街でここに置いてあることを伝えるかになりますが、どちらにいたしますか? 運ぶとなると少しだけ道程が遅れるかもしれません。置いていくとなるとアースドラゴンの貴重な素材がダメになる可能性があります」


 ランシアン様がどちらのデメリットも伝えると、アンはほぼ悩まずに馬車の中から「運びましょう」と答えた。さらに騎士に頼んで馬車の扉を開けてもらい、優雅に馬車から降りてくる。


「直接お礼を伝えさせて欲しいわ。皆さん、アースドラゴンから守ってくださってありがとう」


 地面に降り立ったところで綺麗なカーテシーをしながら微笑んだアンに、この場にいる全員が思わず見惚れてしまう。やっぱりアンって綺麗だよな。優雅で気品があって、思わず目を奪われる。さすが王女様だ。


「い、いえ、当然のことでございます」

 

 すぐ近くに跪いていたランシアン様が代表して声を発すると、アンはにっこりと微笑んでからアースドラゴンの方に、俺たちの方に向かって歩いてきた。


「リュカさんとレベッカさん。お二人が中心となって倒してくれたのでしょう? ありがとう。お二人に護衛を頼んで良かったわ」

「過分なお言葉、ありがとうございます」

「とても光栄です」


 俺たちがかしこまって答えると、アンは騎士たちに見えないように軽くウインクをしてきた。そんなアンを見て、俺とレベッカは思わず頬を緩ませてしまう。

 綺麗な王女様然としたアンもいいけど、やっぱりこういう素のアンが落ち着くな。


「この先もよろしくね」

「もちろんです」

「それにしても、アースドラゴンとはこんなに大きいのね」

「王女殿下! そんなに近づかれたら危険です!」


 アンがアースドラゴンの鱗に手を伸ばしたのを見て、慌ててランシアン様が駆け寄った。


「もう死んでいるのでしょう?」

「ですが、鱗がとても鋭くお手が傷ついてしまう恐れもあります。有毒な物質を発している可能性も、仮死状態で生き返る可能性も絶対にないとは言い切れません」

「ふふっ、心配性ね」


 危険性を理解してもらおうと大袈裟に語るランシアン様に、アンは柔らかく微笑んでからアースドラゴンと距離を取った。

 やっぱりランシアン様は心からアンを心配してくれてるんだな。この様子を見ていると、死亡を偽装したままは心苦しいとアンが思うのも分かる。


 帝国を正常に戻せた時には、アンの望み通り王国に戻ってこよう。そしてアンが本当の意味で自由になれるように協力しよう。


「では私は馬車に戻ります。アースドラゴンの運搬をよろしくね」

「かしこまりました」


 俺たちは騎士の皆と一緒にアースドラゴンを布の上に載せると、何頭もの馬と人で布に繋げた縄を引いて近くの街まで運んだ。



 それからまた数日。アースドラゴンの運搬で少しだけ遅れたものの、予定日内には国境の街へと辿り着いた。今夜はこの街で一泊して、明日の午前中にアンが帝国に入ることになる。


「……王女殿下、明日からは大変な道中となるやもしれません。今夜はごゆっくりとお寛ぎください」


 ランシアン様は代官邸に入るため馬車を降りたアンに向けて、寂しげな表情で声をかけた。その声にアンは僅かに眉を下げながら視線を動かす。

 近衛騎士をゆっくりと見回すと、儚い笑みを浮かべて口を開いた。


「今まで私のために力を尽くしてくれて、本当にありがとう。皆のことは忘れないわ。明日までよろしくね」


 騎士たちの心情を想像すると、心が痛いな。ここまでの道中でアンが騎士たちに慕われていたことは十分に分かった。そんなアンが危険な場所に……命さえもどうなるか分からない場所に行くっていうのは、かなり辛いだろう。


 アンがこの街の代官に案内されて屋敷内に入ったところで、俺たちは近くの宿に向かって移動を始めた。屋敷には十人ほどの騎士が護衛として残り、残りの人員は近くの宿に宿泊するのだ。


「リュカ、ここまで大きな問題はなくて良かったね」


 レベッカがほっとしたような笑みを浮かべて発した言葉に、俺は頷いて同意を示す。


「本当に良かった。やっぱりアースドラゴンの討伐が大きかったのかも」


 アースドラゴンを討伐したという一報はかなりの速度で広まったらしく、行く街行く街全てでアースドラゴンとの戦いについて聞かれたのだ。多分そのおかげで俺たちの強さが広まり、ここまでの平和な道中だったのだと思う。


「アースドラゴンに襲われたのも、悪いことばかりじゃなかったね」

「俺たちの実力向上にも繋がったしな」


 でもこの先は、帝国内は本当に未知数だ。問題なく作戦が成功したらいいけど……俺は不安を感じながらも、絶対にアンを救うと決意して拳を握り締めた。

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