第43話 再会と辛い現実

 あの時に友達になったアンが王女殿下だったという事実が俺の頭の中で上手く消化できず、他人の空似? 俺たちの勘違い? 腹違いの妹がいて市井に降りてるとか?


 そんなことを色々と考えていたら、陛下に紹介されたアンがこちらに向かって笑みを浮かべた。


「アンリエット・アルバネルですわ。依頼を受けてくださってありがとう」


 ――声が、アンと一緒だ。


 うわぁ、マジか。本当にアンは王女殿下だったのか。

 確かにアンリエットとアン、名前にも関係性がある。それに俺たちのことを見つめる視線に……なんとなく含みがあるような気がする。


「国を救った英雄だと聞いていたので怖い容姿を想像していましたが、お優しそうなお二方で良かったです。年も近くに見えますし、よろしくお願いします」


 アン……じゃなくてアンリエット様は、暗にあの時のことは秘密だと言っているのか、俺たちと会ったのは今が初だと強調しているように思えた。

 俺はそれに従って、驚愕で固まっていた体を動かす。


「お、お初にお目にかかります。王女殿下にそのように仰っていただけるなど光栄です」


 深く頭を下げて声を発すると、隣のレベッカもビクッと体を動かして頭を下げるのが視界の端に見えた。とりあえず俺たちの反応で面識があることはバレてない……と信じたい。


「お前たち、アンリエットの輿入れはこの国の重要事項だ。絶対に成功させるんだ」

「かしこまりました」


 それからは陛下によってこの指名依頼の重要性――アンリエット様の安全という面じゃなくて帝国との関係性――について色々と説明され、無事に届けるようにと念を押されて謁見は終わった。


 陛下とアンリエット様が謁見室を後にすると、一気に室内の空気が緩んだものに変わる。


「リュカさんとレベッカさん、退出をお願いします」


 役人の声に促されて今度は気軽に歩みを進め、入り口と同じ大扉を通るとさらに気が緩んだ。


「はぁ……終わったね」


 隣からレベッカのほっとしたような声が聞こえ、俺は力無い笑みを返した。アンリエット様がアンらしいという衝撃的な事実を知ったにしては、動揺を最小限に抑えて謁見を終わらせられただろう。


 不敬だと言われたり嫌な視線を向けられたり、そういうことがなかったのだから大成功だ。


「この後は指名依頼の打ち合わせですが、このままご案内してもよろしいでしょうか?」

「はい。俺は大丈夫です」

「私もです」


 俺たちのその返答を聞いた役人の男性は頷いてから足を早め、案内されたのは謁見室からさほど離れていない会議室だった。


 会議室という用途だからか、他の部屋よりは内装の豪華さが抑えられていて少し落ち着く空間だ。


「こちらでお待ちください」


 役人の男性がお茶を出して部屋を出ていったので、部屋の中には俺とレベッカだけだ。


「……リュカ、王女殿下って帝国に行くんだよね?」


 そういえば、嫁ぎ先は帝国だって話だったな。アンがアンリエット様だったことの衝撃でそこまで思考が働いてなかったけど、あのいい噂がない国にアンが行くのか。


 ――もしかしたらあの日は、帝国に向かわないといけない運命に抗いたくて王宮から逃げたのかもしれないな。


 でも今ここにいるということは、あのまま戻ったのか連れ戻されたのか。


「これから先、幸せだったらいいな」


 部屋に二人きりとは言え王宮内で下手なことは言えずにそんな遠回しな言い方をすると、レベッカは瞳を潤ませながら頷いた。


 それからは当たり障りのない会話をしつつ十分ほど待っていると、部屋に入って来たのは一人の男性だった。騎士服姿で歳は三十代ほどに見える。


「初めまして、私は此度の王女殿下輿入れに伴う護衛隊の隊長を任されております、近衛騎士のユベール・ランシアンと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私は冒険者のリュカです」

「私はレベッカです」


 ランシアン様の穏やかな雰囲気に、そこまで緊張することなく挨拶をすることができた。騎士達と一緒に仕事をするなんてどうなることかと心配してたけど、この人が隊長なら大丈夫そうだ。


「ではさっそく今回の護衛について詳細を伝えさせていただきます」


 それから詳しく説明してもらったところによると、今回の輿入れの移動は国境までで約一週間、国境から帝国内をさらに一週間の予定らしい。夜は街に寄ってその街を治める貴族や代官の屋敷に宿泊するので、野営はないそうだ。


 俺たちは魔物が襲って来た場合に対処をすれば良くて、他のことは全て騎士達がやってくれるらしい。


「帝国内に入ってからは、ランシアン様たちは付いて来られないのですよね?」

「はい。帝国側の騎士にお任せすることになります。……お二人は帝国にも付いて行くことができますので、王女殿下をお願いいたします」


 そう言って少しだけ顔を俯かせたランシアン様は暗い表情で、騎士たちも王女殿下が帝国に輿入れすることを不憫に思っているのかと辛い気持ちになる。


 皆がこんな表情になる帝国って、相当ヤバいんだろうな。


「……帝国とはどのような国なのでしょうか? 気をつけなければいけないことはありますか?」

「そうですね……私は噂程度しか内情については知りませんが、上手く渡り歩くコツは強さを見せつけることだと言われております。弱い者は強い者に逆らえない国だと。それも強さとは頭の良さや身分などではなく、純粋な力の強さ、戦いの強さです」

「やっぱりそうなんですね……」


 アンリエット様は魔法を使えるけど実戦はこの前が初めてとか言ってたし、強い者には入らないよな……心配すぎる。輿入れしたらどうなるんだろうか。


 陛下ってその辺のことを考えて輿入れを決め……てないんだろうな。向こうから甘い蜜を見せられて、それに飛びついて交換条件を吟味もせずに受け入れてそうな予感がひしひしとする。


「王女殿下のお相手はお優しい方なのでしょうか?」

「……ゆ、勇猛な方だと、聞いております」


 勇猛な方って……要するに、力に訴えかける人ってことだよな。


 俺の隣に座っているレベッカが、拳に力を入れたのが分かった。全く明るい未来が見えないアンリエット様を救いたいよな……たった一日だけでも友達になったのだから。

 でも、国のトップである陛下の決定を覆せる力なんて俺にはない。


 それから会議室には重い沈黙が流れ、気の乗らない護衛依頼に関する打ち合わせは終わりとなり俺とレベッカは部屋を出た。

 この後はそのまま帰ることになっていて、アンリエット様の出発日前日に王宮へと来る約束だ。


「とりあえず帰ろうか」

「……うん、そうだね」


 俺とレベッカは鉛でも飲み込んだような憂鬱な気分で、俺たちの日常に戻るために一歩を踏み出した。

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