第42話 謁見

 朝は客室のドアをノックされたことで目が覚めた。まさか寝坊した……! と飛び起きて時計を見てみると、ちょうど六時だったので安堵してホッと息を吐き出す。


「リュカ様、おはようございます。起床のお時間ですので声を掛けに参りました」

「おはようございます。起こしてくださってありがとうございます」


 扉を開けて声を掛けてくれた人に挨拶をすると、昨日の従者と同じ人だった。


「さっそく準備を始めさせていただいてもよろしいでしょうか。朝食は三十分後にこちらへ運ばれますので、それまでにお髪を整えさせていただきたいです」

「分かりました。よろしくお願いします」


 それからむず痒さを感じながらも身支度を整えてもらい、食後に少し休んで服を着替えたら準備完了だ。


 謁見前の控室に移動して、後は陛下が到着するのを待つだけになった。隣にはレベッカが緊張の面持ちで体を硬くして座っている。


「リュカ、あと何分ぐらいかな」

「予定では三十分だけど、陛下の都合で早くなることもあるらしいからな……」

「うぅ、凄く緊張してきた。私たちって褒められるんだよね? 怒られないよね?」

「褒められるはず」


 俺たちは国を救う活躍をして、一級と三級冒険者として認められて、救国の勇士っていう大袈裟すぎるパーティー名も付けてもらえて、今回は国王様からお礼の言葉と褒美をもらえるんだ。

 だから緊張する必要はなくて、むしろわくわくしてもいいんだろうけど……やっぱり無理だ。村出身の庶民な俺にとっては王宮にいるだけで落ち着かない。


 物語とかでも身分差を弁えずに処分される人とかいるからな……ああいう話を読んでると、どうしても国王様や貴族たちが怖いものに思えてしまう。

 よく知らないから怖いっていうのもあるんだろうな。今までは関わることなんてないだろうと思って、深く学ぼうとしなかった。これからは貴族社会についても本とか読んでみるかな。


「お待たせいたしました。陛下が来られましたので謁見室に向かっていただきます」


 控室に役人の男性が呼びにきてくれて、俺たちは謁見室に連れて行かれた。大扉の前で跪くと、謁見室前にいた騎士たちがゆっくりと扉を開いていく。


「こちらまで参れ」


 扉が開く音が止まったところで威圧感のある声が聞こえてきて、俺とレベッカは同時に立ち上がった。そして昨日教えてもらった点を意識しながら謁見室の中を先へと進む。

 緊張しすぎて体がふらつきそうになるけど、なんとか気力で倒れないようにして足を動かす。


 永遠にも思えた時間が過ぎ印が見えてきたところで、少しだけ体の力が抜けてまた跪いた。歩いてるとフラフラするから、跪いてるほうが楽だな。


「面を上げろ」


 不快にならないようにゆっくりと、そして陛下の瞳を見ないように気を付けて顔を上げると……陛下の姿を視界に捉えることができた。

 陛下は細身な壮年の男性だ。金髪は綺麗に整えられていて、若々しく見える。見た目はかっこいいな……。


「陛下、右がリュカ、左がレベッカにございます。一級冒険者として認定したのはリュカです」

「そうか。リュカ、レベッカ、我が国を守ってくれてありがとう。国を代表して感謝を伝えよう」

「お言葉、光栄でございます」


 俺が昨日教えてもらった言葉を返すと、少しだけ無言の時間が過ぎてから陛下が身を乗り出した。


「それにしても、随分と若い二人なんだな。貴様らがいなければ私の命が危なかったかもしれない。私の命を救ったことを皆に自慢すると良いぞ! 後世まで讃えられる名誉だ」


 さっきまでとは全く雰囲気が変わり、陛下はドヤ顔でそう発した。こっちが素みたいだな……確かにセレミース様の言う通り、あんまり尊敬できる感じじゃないのかもしれない。

 それに王女殿下の帝国への輿入れを独断で決めたのと一緒で、周囲よりも自分が中心って感じだな。


「ゴホンッ。陛下、さっそく褒美を与えましょう」


 隣にいる宰相様がわざとらしく咳払いをした。今のは予定になかった発言なのかな。


「そうだったな。忘れていた。――貴殿らに、褒美を授けよう」

「た、大変嬉しく存じます」


 子供っぽい雰囲気から突然真面目に戻った陛下の振れ幅に思わず笑いそうになり、しかしなんとか耐えて言葉を返した。すると笑いそうになったことには気づかれなかったのか、宰相様によって褒美が読み上げられ始める。


 褒美は事前に聞かされてなかったけど、武器や防具が中心にもらえるみたいだ。名匠が打った剣とか、魔物素材を使った軽くて丈夫な防具とか、どれも買おうと思ったら一般人が一年は暮らしていけるだけの値段がするだろう代物だ。


「最後に白金貨二百枚も褒美として授けよう」


 ……え!? 白金貨二百枚!?


 マジか、そんなにもらえるのか。いや、今まで読み上げられてた褒美を全て合わせればそれに近い値段にはなるのかもしれないけど、実際に現金としてもらえると聞くと衝撃だ。

 白金貨二百枚とか、慎ましい暮らしなら十年は暮らせるよな。いや、一人だけならもっといけるかも。


「褒美は以上だ。異論はあるか?」

「い、いえ……異論なんてもちろんございません。ありがたく存じます」

「これらの褒美を用いて、これからも活躍することを期待する」

「かしこまりました」

 

 俺がしっかりと頷いて頭を下げると、陛下の「良き良き」という満足そうな声が聞こえ、また顔を上げるように言われた。


「では貴殿らにさっそく指名依頼を頼みたい。私の娘であるアンリエットが帝国に輿入れをするのだが、その時の護衛だ。アンリエット直々の頼みだが受けてくれるか?」

「王女殿下のお役に立てるならば是非」


 事前に決めてあった言葉を発すると、陛下が笑みを浮かべて手を叩く。すると陛下の後ろにある王族専用の出入り口が開き、豪奢なドレスに身を包んだ王女殿下が姿を現した。


 俺は何気なくそちらに視線を向けて――王女殿下の顔に既視感を覚え、無意識のうちに眉間に皺が寄った。


 誰かに似てるというか、王女殿下に会ったことがある気がする。でもそんなことあり得ないよな。俺に王族との関わりがあるはず……


「……アンだ」


 隣から聞こえてきた小さな声に、俺は一瞬にして目の前に人物とどこで会ったのかを思い出した。前に一日だけ街を案内した、商会で働いてると言ってたアンだ。

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