第37話 やらかしと不思議な事件

 俺とレベッカは最後にもう一度だけ神像を礼拝堂の入り口から見て、問題がないことを確認した。神像はまるで昔からここに置かれていたかのように、完璧に馴染んでいる。


「誰かに気づかれる前に早く戻ろう」

「そうだね」


 またあの緊張する経路を辿らないといけないのか……ちょっと憂鬱だけど仕方ないよな。このままここにいるわけには行かない。

 俺はレベッカと顔を見合わせて頷き合い、礼拝堂の裏口をゆっくりと開いた。そして息を殺して廊下を進む。


 共有スペースを抜けて祭司たちの私室がある廊下を忍足で進み、最初に侵入した倉庫へと戻ってくる。


「ふぅ……やっとここまで来たね」

「あと少し、気を抜かずに行こう」

「うん」


 倉庫に置かれた物を蹴り飛ばさないように気をつけて窓に向かい、外に出て音を立てないように窓を閉め、最後にストッパーを閉めようと氷魔法を発動したところで……


 ……ガンッッ!!


 最悪の事態が発生した。ストッパーを窓側にズラさないといけないのでアイスボールを窓に向けて発したところ、ストッパーを掠って窓に激突したのだ。


 かなり大きな衝撃音を響かせて窓は振動し、ビシッと大きなヒビが入った。そして思わぬ事態に俺たちが固まっていると、ガッシャーンと教会どころか近所に住む人たちにまで聞こえるような音を響かせて窓が割れる。


 割れたガラスは倉庫内にも外にも飛び散り、呆然と窓の行方を見守っていた俺たちにも破片が降ってきた。


「……いたっ」


 痛みで俺が我に返ったその時、教会の中が一気に明るくなる。誰かが光を付けたんだろう。


「リュカ、逃げなきゃ……!」

「とりあえず敷地の外に!」


 この場所で神域に逃げたら最悪は一日以内に人が途切れることなく、下界に強制送還になる恐れがあると思い全力で場所を移動した。

 敷地から出て近くの路地裏に飛び込んだところで、神域に逃げ込む。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「だ、誰にも、バレてないかな」


 東屋の床に座り込んだ俺とレベッカは息も絶え絶えだ。


「二人ともお疲れ様。見ていたけれど、二人の姿は見られてないわ。ただ今は近所の人たちも何事かと外に出ているし、下界に戻るのはほとぼりが冷めた頃が良いでしょうね」


 セレミース様に手招きされて水鏡を覗き込むと、教会で働く人たちが外に出てきていて、周囲の捜索を始めたようだ。

 何人かは走ってどこかに向かってるから、兵士に知らせに行ってるんだろう。これから侵入事件として調査されるんだろうな。


「最後にやらかしたな……」


 俺が落ち込みつつそう呟くと、レベッカが励ますように俺の背中を軽く叩いてくれた。


「仕方ないよ。入れ替えは成功したから良かったんじゃない?」

「そうよ。私のためにありがとう」


 セレミース様もレベッカの言葉に頷いて、ふわりとした優しい笑みを浮かべてくれる。


 俺はそんな二人の言葉と笑顔に心が軽くなった。


「お役に立てて良かったです」

「こちらこそ、リュカが眷属になってくれて良かったわ」


 セレミース様にそう言ってもらえると、本当に自信になるな。それにこれからも頑張ろうと思える。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


 それから俺とレベッカはほとぼりが冷めるまで待機ということでそれぞれベッドに入り、疲れていたのですぐ眠りに落ちた。



〜〜〜〜〜



「兵士の方々がお越しくださいました」


 リュカとレベッカが神域で眠りについた頃、下界ではまだ騒動が続いていた。今は数名の兵士が現場に到着したところだ。


「これは派手にやられましたね〜」

「寝ていたら突然ガラスが割れる音がして飛び起きたんです。そしたらここが割れていて……一応建物の中は見回ったのですが、侵入者はいませんでした」

「分かりました。では皆さん少し下がってください。現場を保存して情報を記録します」


 一人の兵士が大きな紙に現場の様子を描いていき、もう一人は文章に現場の詳細な情報を書き起こす。


「これは……アイスボールで割られましたね。それも窓の割れ方やガラスの飛び散り方からして、アイスボールは中からぶつかったと見てまず間違いはないかと」

「中からなのか? 何でそんなことを。普通は侵入しようとしたら、外から魔法を打つよな?」

「そうなんですよね〜。不思議です」


 現場の状況を観察している兵士と、この場を取りまとめる立場の兵士が話をする。


「それにこの窓、ストッパーが外れてるんですよ。窓が割れた時に外れたっていうのは考えにくいとすると……」

「犯人は開いてる窓を割ったってことか?」

「そういうことになりますね。さらに部屋の中には足跡があります。それも窓が割れる前に付いたであろう足跡が」


 兵士のその言葉を聞いた上司らしき男は眉間に皺を寄せ、その言葉の意味がいまいち理解できない教会の者たちは僅かに首を傾げた。


「……それは、どういうことなんでしょうか?」

「要するに、犯人は建物内に侵入していたということですね。最初は何かしらの方法でストッパーを開けることに成功し侵入を果たした。そして中で目的を達して、逃げようと証拠隠滅のためにストッパーを外から嵌めようとして、失敗して窓ガラスを割ってしまった。そんなところでしょうか」


 兵士のその言葉に教会で働く者たちは、一斉に顔色を悪くした。自分が寝ていた建物内に侵入者がいたと聞けばそれも仕方がないだろう。


「まだ中にいるってことは……」

「その可能性は低いと思いますが、一応確認しましょう。それから何か取られたものがないか、皆さんにも確認していただきたいです。盗まれたものがある場合、それが売られていて出品者から犯人が割り出せることもあるので」

「わ、分かりました」

「それから目撃者がいないかも聞いて回ろう。幸い大きな音がして近所の人たちが外に出てるし、誰かしら犯人を目撃してるだろう」


 それから数時間。夜中にも関わらず捜査は続き……しかし明け方になっても何の手掛かりもなかった。


「これは予想外だな」

「本当ですね……まず、なぜ盗まれたものがないんでしょうか。侵入した犯人の意図が分かりません」

「それに目撃者も一人もいないなんてな」

「不思議な事件ですね〜」


 兵士たちはそろそろ新しい情報もないということで、現場での検証を終わらせて詰所に戻る準備をしている。


「犯人は捕まらないということでしょうか?」

「そうですね……難しいと思います。普通はここまで派手にやっていたら何かしら手掛かりがあるものなんですが、犯人が忽然と姿を消したかのように目撃情報もなく、盗まれたものもないとなると……」

「まるで幽霊の仕業みたいですね」


 兵士の一人が何気なく発したその言葉に、教会で働く者たちは全員が顔色を悪くする。


「あっ、すみません。例えばの話ですよ」


 兵士が慌ててフォローしたが、幽霊という言葉はこの場にいた全員の耳に残った。


「では我々はそろそろ帰らせていただきます。目撃者探しは続行しますので、皆様も何かありましたらまた知らせてください。それから、もう少し防犯面を整えることをお勧めいたします」


 兵士のその言葉に教会側の人間は全員が大きく頷き、この事件は犯人不明のまま幕を下ろした。


 ――その後、王都には幽霊がいるという噂が広がるのはまた別の話。

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