第36話 作戦決行

『セレミース様、気付かれてますか?』

『大丈夫よ。扉を開ける音に気をつけて』

『分かりました』


 ドアノブに手をかけてゆっくりとドアを押すと……ギィィィという嫌な音が響いた。本当に使われてない部屋みたいだ。


『目を覚ました人は……いなそうよ』

『良かったです。ではこのまま行きます』


 レベッカと視線を合わせて頷き合ってから、二人で息を殺して廊下に出た。目の前には最初に侵入を考えていた女性の私室があり、廊下が右手側にまっすぐ伸びている作りだ。


『廊下の先にある扉の向こうが共有スペースよ。そしてその共有スペースにある扉の一つが、礼拝堂に繋がる廊下へと繋がってるわ』

『分かりました。ではまず共有スペースに行きます』


 一歩ずつ足音を立てないように、慎重に慎重に歩みを進める。この建物は木造じゃなくて石造りみたいなので、床が軋まないのは救いだ。


 扉には誰の部屋かが分かるようにネームプレートが付けられていて、全部が女性の名前なのでここは女性の私室があるエリアなのかもしれない。


「うぐっ」


 後ろのレベッカから変な声が聞こえて咄嗟に振り返ると、レベッカは鼻を摘んで涙目だった。


「……ごめん、くしゃみが」

「大丈夫だと思うけど、また出そうだったら神域に行くから服を引いて」


 自分にも辛うじて聞こえる程度の小声で会話をして、また廊下をゆっくりと進んでいく。そして問題なく突き当たりの扉に辿り着き、ドアノブに手をかけた。


 ふぅ……扉を開ける時が一番緊張する。


『セレミース様、向こうには誰もいませんか?』

『ええ、大丈夫よ』

『ありがとうございます』


 ゆっくりと扉を開けて体を滑り込ませ……そっと扉を閉めた。共有スペースに誰もいないことを確認して、ほっと息を吐き出す。


「一番緊張するところは抜けたな」

「そうだね」


 ――ガタッ!


「……っ」


 レベッカと笑顔で頷き合っていたら、突然大きな物音が鼓膜を揺らした。俺たちはその物音にビクッと体を震わせて、体を小さく縮こまらせる。


『リュカ! 今すぐ神域に!』

『……っ、はいっ!』


 セレミース様の声が聞こえた瞬間にレベッカの腕を取って神域に移動すると……セレミース様が俺たちの姿を見てホッと安堵の息を吐いた。

 

 ――はぁ、めちゃくちゃ心臓に悪い。


「何があったのでしょうか?」

「一人の男がトイレに起きたみたい。トイレは共有スペースにしかないから、あのままだと鉢合わせだったわ」


 マジか……なんとか逃げるのが間に合って良かった。

 

「教えてくださってありがとうございます」

「良いのよ」

「うぅ〜ん、まだ侵入してから数分しか経ってないのに、凄く疲れた気がする」


 レベッカが大きく伸びをして力のない笑みを浮かべた。その気持ちは凄く分かる。いつもとは違う疲れだ。


「もう少し頑張らないとだな」

「そうだね。よしっ、気合いを入れ直そう。一度ここに来られて良かったかも」

「確かに。最後までぶっ続けは途中で集中力が切れてたかもな」


 レベッカと一緒に俺もストレッチをして、緊張をほぐしてからセレミース様が覗き込む水鏡を見た。


「あっ、この人が起きてきた人ですか?」

「ええ、今部屋に戻ったから、もう大丈夫よ。他の部屋は……全員寝てるわ」

「分かりました。ありがとうございます。じゃあレベッカ、下界に戻るよ」

「うん」


 静かに下界へと戻った俺とレベッカは、また体を小さく縮こまらせて共有スペースを横切る。そして礼拝堂に続く廊下に繋がる扉を開いて、共有スペースを出た。


「あっ、あれが礼拝堂の裏口?」

「そうみたいだな」

「早く行こうか」


 人がいる場所からは少し距離ができたので足早に進むと、裏口に鍵はなくすんなりと礼拝堂の中に入ることができた。

 夜の礼拝堂は……神聖なようで少し畏怖を感じる。


「なんだか悪いことをしてる気分になっちゃうね」

「まあ、実際に悪いことをしてるんだけどな。でもセレミース様からの許しがあるから大丈夫だ」

「そうだよね。早く神像を入れ替えちゃおうか」


 レベッカと一緒に存在感を放っている像へと近づき、手を伸ばして冷たい像に触れた。


「レベッカも一緒に神域に行くよな」

「うん。置いていかないで」

「了解」


 神域干渉を発動させると……礼拝堂にあった像は問題なく神域へと移動した。近くに置かれていた神像と比べてみると、かなり似ている。

 ただ神像の方が汚れが少なく綺麗だ。教会に置かれていた像の方は、少し埃を被っている。


「神像に埃を被せた方が良いでしょうか?」

「そうね……できればあまり被せたくはないけれど、入れ替えたのがバレるよりはマシね」

「分かりました。ではこっちの埃を神像に移しますね」


 手で埃を掴んで神像の上から掛けると、胸の奥に罪悪感が湧き上がった。


「……セレミース様に埃をかけてるみたいで嫌だね」

「分かる。教会への不法侵入より悪いことをしてる気分になるな」


 二人で微妙な表情になりつつ作業を続けると、数分でどちらが神像なのか分からなくなった。これで入れ替えたことがバレることはないだろう。


「セレミース様、これで大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう。後は設置を頼んだわね」

「もちろんです」


 レベッカと神像と共に下界に戻ると……さっきまでは別の像があった場所に収まった神像は、全く違和感なくその場所に溶け込んだ。これはバレないな。


「レベッカ、少し離れて向きを見てくれる?」

「分かった。ちょっと待ってね。――うーん、もう少し右じゃないかな。それから少し斜めになってる。えっと、神像を左回りに少しだけ回して」

「これぐらい?」

「あっ、ちょっと回しすぎかも。もう少し戻して」


 それからレベッカの指示に従って何度か神像の位置を修正したら、入れ替え作戦は完了だ。

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