第34話 悪巧み

 開け放たれている礼拝堂の扉から中を覗いてみると、祈りを捧げている人たちとセレミース様を模した像が視界に入った。


「助かったのは平和の女神様のおかげだって、皆がお祈りに来てるんだね」

「そういうことか」


 それにしても、礼拝堂の中に見えるセレミース様を模した像が神像と瓜二つだな。こんなに似てるのが普通なのだろうか。これなら神像と入れ替えても、誰も気づかない気がするんだけど……


『セレミース様、俺がいる場所の目の前にセレミース様を祀る教会があるのですが、その中にある像が神像そっくりなんです。見てもらえますか?』

『リュカのいる場所ね? ――本当ね、これは凄いわ』

『これって普通じゃないですか?』

『ええ、ここまで忠実に再現されているのは珍しいわね。多分だけれど、神像が横にある状態で作られたものじゃないかしら。これは……入れ替えられるわね』


 おっ、やっぱりそういう話になるか。セレミース様は神像を教会で祀って欲しいけど、その像が神像だと他の神にバレないようにしたいって言ってたから、こっそり入れ替えられたら最高だよな。


『リュカ、スタンピードを消滅させてもらった矢先に申し訳ないけれど、神像の入れ替えを頼んでも良いかしら? 大変ならばまた後でも良いけれど……』

『いえ、大丈夫です。今は時間があるのでやっちゃいます』

『ありがとう。では頼んだわ。それからリュカ、私も直接あなたにお礼が言いたいから、時間がある時に神域に来てちょうだい』

『お礼なんていいのですが……でも分かりました。時間を見つけて行きますね』

『ええ、待っているわ』


 セレミース様との話を終えた俺は、人気のないところにレベッカと向かってセレミース様の言葉を伝え、これからの予定を立てることにした。


「神像って山の中に置いてあるんだったよね?」

「うん、俺の故郷の裏山の中にある。セレミース様は神像を祀ってもらうのに相応しい場所は年単位で見つからないと思ってたから、その間ずっと神域に置いておくよりは山の中でも下界にあったほうがいいと思ったらしいんだけど……こんなに早く最適な場所が見つかっちゃったんだ。いいことなんだけどさ」


 神域にあったら取りに行く必要がなくて楽だったよな。まあ村に行く機会になるから、俺にとってはそこまで負担じゃないけど。


「そこは仕方ないね。じゃあ村まで神像を取りに戻って、神域に置いて街まで戻ってきて、それから入れ替え?」

「その流れになるな。村に取りに行くのは手間だけど問題ないとして……問題は入れ替えだ。この教会って夜は開いてるのかな」

「どうなんだろうね。ちょっと聞いてみようか」


 俺とレベッカは教会近くの路地から表通りに戻ると、礼拝に並ぶ人たちの整理をしていた祭司服を着た女性に声をかけた。


「すみません。教会って何時頃まで開かれているのでしょうか? 今はとても混んでいますので、また夜に出直そうかと思っていまして」

「夜は二十時まで礼拝していただけます。その後は礼拝堂の扉に鍵をかけますので、一般の方は礼拝ができなくなります。朝は六時から扉が開きますので、夜のお時間に間に合わないようでしたら、朝早くは比較的空いておりますのでぜひお越しください」


 二十時に鍵がかけられるのか……入れ替えるならその後だけど、鍵がかかると侵入するのが難しいな。


「二十時以降は絶対に扉を閉じてしまうのですか?」


 レベッカが付け足した質問に、女性は特に不審な様子もなく頷いてくれる。


「よほどの例外がない限り二十時以降は私たちが礼拝をする時間ですので、一般に開かれることはございません。そこはご理解いただければと思います」

「そうなのですね……分かりました。ありがとうございます」


 教会の人たちが礼拝をする時間があるなら、侵入するのは夜中だな。見回りがいるかどうかはセレミース様に水鏡で見てもらうとして、やっぱり一番の問題は鍵だ。

 鍵を壊すのは避けたいから、どこか侵入できそうなルートを見つけておきたい。


 さりげなく礼拝堂の中を覗き込むと、礼拝堂には正面の大きな扉の他に、小さな裏口のようなものが一ヶ所あるのが分かった。大きな扉が動いたりしたらさすがにバレるだろうし、侵入するならあの裏口かな。


「レベッカ、教会の周りを見て回りながらとりあえず帰ろう」

「了解」


 それから二人で路地に入って礼拝堂の様子を外から観察すると、さっきの裏口は教会の別の建物に繋がっているようだった。


「こっちの建物から侵入して教会内部をバレないように移動して、裏口から礼拝堂に入るのが一番かな。多分この建物って祭司の人たちが生活する空間だろうし、どこかしらの窓が開いてそう」

「確かにそうかも」

「でも祭司の人たちが生活する場所ってことは、それだけ人はたくさんいるんだよな……」

「そうだね……でもリュカには神域干渉があるし、水鏡でセレミース様に下界の様子を見てもらうこともできるんだし、バレずにいけるんじゃないのかな」


 確かにバレそうになったら神域に逃げればいいんだもんな。そう考えたら上手くいく気がする。


「侵入には私も一緒に行ったほうがいい? 神像を設置する時に一人だと、動かしたり向きを確認したりするのが大変じゃない?」

「確かに、一緒に来てくれたらありがたいかも」

「了解。……ふふっ、なんだか楽しくなってきたね」


 不法侵入っていう悪巧みをしてるのに、レベッカは頬を緩めて軽い足取りだ。でもその気持ちはちょっと分かるんだよな……セレミース様の願いだって思うと罪悪感は薄れるし。


「こんなことするのは今回だけだからな」

「もちろん、本当に悪いことはやらないよ。それでこれからどうする? このまま街を出るか、明日の朝にするか」


 そこも悩みどころなんだよな。今は日が沈み始めてる時間だ。今から街を出たらすぐに暗くなるだろう。でも俺たちにとって暗闇はそれほど問題にならないし、野営も神域に行けばいいだけだから問題はない。


 そうなると……数日以内にはギルドに行かないといけないから、急ぐためにも出発したほうがいいかな。日付が変わる頃に寝るとして、それまで歩けば道程の半分以上は進めるだろうし。


「レベッカはこのまま行ける?」

「うん。お母さんに伝言だけすれば大丈夫」

「じゃあレベッカの家に寄って街を出るか」


 急いで歩けば明日の午前中には村に着いて、そのまま帰ってくれば明日の夜遅くに王都まで戻れるかな……戻れたらそのまま侵入して入れ替えてしまおう。無理そうなら明後日の夜だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る