第31話 臆病者から英雄へ

 アルバネル王国の冒険者ギルドはとにかく慌ただしかった。スタンピードが発生して数時間、そろそろ前線の者たちの集中力が途切れる頃なので、人員を交代しなければいけない。

 騎士団との兼ね合いもあるので、エドモンはとにかく仕事に追われていた。


「エドモンさん! 予想以上に魔物の数が多いです!」


 ギルドに駆け込んできた冒険者の言葉がエドモンの耳に届き、しかしエドモンはそれを気にせず書類に目を通し続ける。


「そんなのスタンピードなんだから当たり前だろ」

「あれっていつまで続くんですか!?」

「そんなの俺が知りてぇよ。三日で終わることもあれば、一週間続くこともある」


 エドモンのその言葉に冒険者の顔色は悪くなり、その場で右往左往し始めた。


「ま、街の人の避難は!」

「そんなのやってる暇はねぇんだ。こんな大都市で全員が避難するのにどれほどの人員が必要か」


 エドモンがその言葉を発した直後、今度はギルドに騎士姿の男が駆け込んでくる。


「報告します。前線は刻一刻と状況が悪化しております。敵の数は時間毎に増し、我々は負傷者が増えています。このままでは一日ほどで抑えきれなくなり、街の中に魔物が流れ込むかと」

「……騎士団は増員できねぇのか?」

「これ以上は難しいです。近衛は王族の方々の避難に追われておりますし、遠征中の部隊もあって元々の数が少ないです」

「はぁ……お偉いさんも逃げるのはいいけどよ、少しは騎士を残してくれたっていいのにな」


 エドモンは頭をガシガシと掻きむしると、近くに置かれていた剣を手にして立ち上がる。


「とりあえず俺が前線に行く。もうここでできる仕事はほとんど終わったからな。まとめ役がいるのといないのとじゃ違うだろう。副ギルドマスター、俺が帰ってくるまでギルドのトップはお前だ。帰ってこなかったらそのままお前がギルドマスターな」


 エドモンのその言葉を聞いた副ギルドマスターである小柄な男は、瞳に涙を浮かべながら頷いた。これが最後の別れである可能性を感じているのだろう。


「じゃあ行ってくる」

「お気をつけて……!」



 それからさらに半日以上が経過した。エドモンが前線に参加したことで少し士気が上がり粘っているが、それもスタンピードが終わるまで保つとは到底思えない状況だ。

 夜が明けて辺りの様子がしっかりと確認できるようになると、息絶えている夥しい数の魔物を目視することができるようになる。


「マジでギリギリだな……さすがに俺の体力も無限じゃねぇぞっ!」


 エドモンが剣を振り下ろして魔物を屠りながらそう叫ぶと、隣にいた冒険者が苦笑を浮かべつつ槍で魔物を貫く。


「前線から退いてたのに、それだけ動けるならもう化け物ですよ」

「現役時代の半分だけどな。それにしても、本当にいつまで続くんだか……」

「ここが俺らの墓場かもしれないですね」


 まだ若い男が発したその言葉に、エドモンは眉間に皺を寄せて黙り込む。


「呼び戻した張本人が何言ってんだって思うかもしれねぇが、お前ほどの人材を失うのは惜しい。危なくなったら逃げろよな」

「そんなこと、しませんよっ!」


 男が槍を振って数体の魔物を一気に屠る。


「俺はこの街で生まれ育ったんですから、最後まで守ります。依頼から帰ってきたら街がなくなってたなんてことにならなくて、エドモンさんには感謝してますよ」

「……そうか。ありがとな」


 二人がそこで会話を終えてそれぞれの武器を握り直したところで、二人の会話を近くで聞いていたある一人の冒険者が、眉間に皺を寄せ顔を侮蔑に歪めて吐き捨てた。


「お二人はこんなに素晴らしいのに、リュカときたらあいつ、逃げるなんてありえねぇ」


 その言葉は周辺にいる多くの冒険者に響き、一部の冒険者は同意するように顔を歪めた。


「本当だよな。呪いが解けたんだかなんだか知らねぇが、この場面で逃げるような意気地なしは力を得たって意味がねぇ」

「あいつ、あの時は何かズルしてただけで、本当は無能で弱いままなんじゃねぇか? それがバレるのが怖くて逃げたんだ」

「ギャハハ、そうかも知れねぇな」


 リュカのことを元々よく思っていなかった冒険者たちが口々にリュカを貶し、今までは傍観を貫いていた冒険者もこの場にいないことでリュカへの不満を持って、貶す言葉に頷いている。

 

「お前ら、そういうことを言うんじゃねぇよ。逃げるのだって賢さだ。スタンピードの情報を持ってきてくれただけありがたい」


 エドモンがそう言ってリュカを庇うが、それで収まるような不満じゃなかった。

 この場にいる皆はここが死に場所かも知れないと思っているのだから、その場所から逃れた者を恨みたくなるのは仕方がないのだろう。


「でも卑怯なことには変わりねぇよな。あんなやつ、冒険者なんて辞めちまえばいいのによ」

「本当だよな。もし俺らが生き延びてリュカがのこのことギルドに姿を現しやがったら、ぜってぇ許さねぇ」


 まだまだヒートアップしそうなリュカへの悪口を、エドモンが本格的に止めようと口を開きかけたその時――


 ――突然、魔物の出現が止まった。


 今までは絶え間なく襲ってきていた魔物が急に一匹も現れなくなった異様な光景に、皆は眉間に皺を寄せて黙り込む。

 そして数十秒が経過し、誰かがポツリと呟いた。


「もしかして……スタンピードが、終わったのか?」

「いや、さすがに早すぎるだろ」

「それにスタンピードって、こんな急に止まるものじゃねぇよな? だんだんと数が減るんじゃないのか?」


 スタンピードが止まったと顔を喜色に染める冒険者と、何かがおかしいと眉間の皺を深くする冒険者。そんな冒険者たちがざわざわと声を発し始めると――


 ――ダンジョンの入り口があるはずの岩山の隙間から、二人の人物が現れた。


 その人物の顔を見た瞬間、ほとんどの冒険者は顔を驚愕に染める。

 

「あれってもしかして……リュカ、なのか?」

「一緒にいるのはレベッカじゃ……」

「な、なんであいつらが、ダンジョンの入り口から出てくるんだよ」


 あまりの衝撃に身動きできない冒険者たちの下へ歩みを進めたリュカとレベッカは、エドモンの前で足を止めてゆっくりと口を開いた。


「エドモンさん、ダンジョンコアは破壊したのでスタンピードは止まりました。残りの魔物が出てくるということもないので安心してください」


 軽い口調で発されたリュカの言葉の意味が、しばらく理解できなかったエドモンは……数十秒後にやっと口を開いた。


「なっ……どっ、どういうことだよ!?」

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