第30話 決着と崩壊

 男が再度かなりの速度で俺との距離を詰めてきたので、俺は剣で受け止めるのではなくてアイスウォールを作り出して氷の壁で防御をした。

 しかし男の剣が氷に阻まれる寸前、男はその場で大きく上に跳躍して、氷の壁を乗り越えて俺に向かって上から剣を振り下ろす。


 俺はそのあまりの動きに一瞬動きを止めてしまったけど、すぐに復活して風魔法で自分を横に吹き飛ばした。


「マジで、危ない」

「……風魔法まで使えるのか? 本当に優秀だな。この俺とここまで戦える者は、今まで数えられるほどしかいなかった」


 男が少しだけ瞳を見開き感心したように俺を見つめているので、俺はどうやって倒そうか考える時間を作り出すためにも男に話しかけた。


「お前、名前はなんて言うんだ?」

「……アースィムだ。お前の名は?」

「俺はリュカ。後ろにいるのはレベッカだ」

「リュカとレベッカだな。覚えておこう」

「……っ」


 マジで……重い! アースィムと名乗った男は俺たちの名前を呟いた直後、また確実に息の根を止めるための鋭い一撃を繰り出した。

 考える時間もくれないのかよ!


 俺はその攻撃をなんとか逸らしてから、今度は俺から先制攻撃を繰り出そうとウィンドカッターを放つ。しかし同じく風魔法で簡単に相殺されてしまった。


 そして風魔法の直後に剣での追撃が来て、俺はそれをなんとか躱すので精一杯になり、こちらから攻撃を仕掛けることもできない。

 ギリギリのところで直撃は免れているけど、頬に腕に首に、ちょっとした切り傷が増えていく。


 これはヤバいな……魔法じゃ決着がつかないし、かといって剣でも勝てない。レベッカの弓も片手間のように弾かれてしまう。


 こうなったら――仮初の平和を使うしかない。相手が警戒していない最初なら、紫球を当てられるはずだ。


「レベッカ! ダンジョンコアを狙え!」

「了解!」


 わざとアースィムにも聞かせるようにとレベッカに声をかけたことで、アースィムの意識が少しだけレベッカの方に向かい、その瞬間に俺は懐目掛けて飛び込んだ。

 しかし俺の剣はアースィムに簡単に止められて、放ったアイスボールはファイヤーボールで相殺されてしまう。


 でもこれでいい。至近距離で放たれたファイヤーボールはアイスボールを蒸発させるだけじゃなく、俺の全身をも熱く焼いた。


「うぅ……」


 あまりの痛みと衝撃に呻き声が漏れるけど、なんとか耐えてすぐに仮初の平和を発動する。仮初の平和は自傷のダメージは抽出できないので、死なない程度の怪我を相手から受けなければいけないのだ。


「なっ……それは」


 俺の体から紫のモヤが立ち上りそれが紫球を形作る様を見て、アースィムは警戒を最大にした。しかし初めて見る攻撃をどう相殺したらいいのか分からないらしく、眉間に皺を寄せてこちらを睨むだけで何も攻撃を仕掛けてこない。


 俺はその隙を好機と見て、渾身の力でアースィムに向けて紫球を放った。

 するとアースィムは自身の前に分厚いロックウォールを作り出して盾としたけど……紫球はロックウォールにぶつかる寸前に方向を九十度転換させ、ロックウォールを乗り越えて上からアースィムを襲った。


「なっ……!」


 アースィムは咄嗟に横に飛び退き紫球から逃れたけど、それも追撃した紫球は――数秒後にはアースィムを捉えていた。


 紫球が直撃したアースィムの体は、突然ガクッと崩れ落ちてその場に倒れ込む。


「レベッカ、今だ!」


 弓を構えていたレベッカに合図をすると、その瞬間にレベッカから相当な速度で矢が放たれ……その矢は、ダンジョンコアのど真ん中に突き刺さった。

 ダンジョンコアは矢が刺さった場所からヒビが広がっていき……パリンッという綺麗な音を響かせて砕け散る。


「お前……眷属、だったのか」


 アースィムは自分の体にヒールをかけながら、まだ起き上がれないのか倒れたまま俺を睨みつけた。


「さあな」

「……貴様……っ!」


 アースィムは俺に向かって魔法を放ってくるけど、狙いが定まらないようで避けるまでもなく当たらない。


「リュカ、やったね!」

「レベッカ、本当に助かった。ありがと」

「凄かったよ! あの攻撃ってあんなに自在に動くんだ」

「うん。五分以内なら俺が自由に動かせる。ただスピードを出せば出すほど制御が難しいみたいだけど……って、うわっ」


 レベッカと喜び合った瞬間、地面がぐらりと揺れて立っているのも大変になった。ダンジョンが、崩壊するのか。


「これって……っ、大丈夫、なんだよね?」

「うんっ、大丈夫なはず……っ」


 二人で手を繋いでなんとか揺れに耐えていると……一際大きな揺れと共に視界が真っ白に染まり、気づいた時には狭い洞窟の中にいた。

 周囲を見回すとアースィムがまだ傷が治り切っていないのか眉間に皺を寄せながら立ち上がっていて、襲ってくるかと身構えたけど……こちらを睨みつけながら、洞窟の壁を動かして隙間に消えていった。


 あれが大地の神の眷属の能力なのか……かなり便利だな。今回は俺のことを格下だと思ってたからか、あの能力を使われなくて本当に良かった。あれを使われてたら、仮初の平和を使ったとしても厳しかったかもしれない。


『セレミース様、追いかけなくてもいいでしょうか』

『良いわ。もう追つかないでしょう。大地の神は無駄な殺しはしないから、また大地の神の眷属の邪魔をしない限り会うことはないわ』

『そうなのですね』


 俺にとっては嬉しいけど、あいつはまたどこかのダンジョンでスタンピードを起こすんだよな。そして俺が間に合わなければ、スタンピードによって大勢の人が命を落とすのだろう。

 でもそれを止める術は俺にはない。あいつを殺したところで、また大地の神は別の眷属を探すだけだ。


 ――もう、仕方がないことなんだろうな。全てを救うことはできない。


 セレミース様の願いはできる限り叶えたいし、俺もできる限り多くの人を救いたいけど……手を広げすぎずに、近くから確実に救っていこう。

 

「リュカ、多分外が騒動になってるよ」

「……本当だ。声が聞こえるな」


 今の俺たちがいるのは、蟻地獄の入り口があった岩山の隙間にあるちょっとした洞窟だ。外にはスタンピードに対応していた冒険者や騎士がいて、突然魔物が出てこなくなったことで混乱しているのだろう。


「説明に行こうか。街中が不安に覆われてるだろうから、安心させてあげないと」

「そうだね」


 俺とレベッカは顔を見合わせて頷き合い、洞窟から一歩を踏み出した。

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