第28話 戦闘準備

 ダンジョンに入って三日が過ぎた。今のところ大地の神や眷属に俺たちの存在はバレていないようで、大きな問題はなく二十九層まで来ることができている。


「セレミース様、三十層の様子を見せて下さい」

「もちろんよ」


 今の俺たちは神域の中にいて、さっき数時間の仮眠をとって体調を万全に回復させたところだ。これから……大地の神の眷属に挑むことになる。


「現在はこんな様子ね」


 覗き込んだ水鏡に写っているのは……壁面に埋め込まれた巨大な宝石だった。俺が両手を広げても抱えきれないほどに大きなダンジョンコアからは、断続的に魔物が生み出されている。

 白く輝くダンジョンコアがとても綺麗だからか、そこから生み出される魔物がより凶悪に感じるな。


「ここまで大きなダンジョンコアって珍しいですよね?」

「ええ、相当育ったダンジョンでないと、この大きさにはならないでしょうね」

「あれを壊さないといけないんだね……私の矢でも壊せるでしょうか?」


 レベッカのその質問に少しだけ考え込んだセレミース様は、何かに思い至ったような表情を浮かべて倉庫の一つを指差した。


「あそこには二代前の眷属の子が使っていたものがまだ入ったままなんだけれど、あの子のメイン武器は弓だったのよ。だからあそこから弓を選んだら良いんじゃないかしら。強いものもあるはずよ」

「……いいのですか? 大切なものなんじゃ」

「良いのよ。使わなければずっと置かれたままになっているだけだもの。他の倉庫の中身も全部自由に使って良いわよ。もちろんリュカもね」


 いいのか……それはちょっと、いやかなり興味がある。今は見て回れないけど、今度時間がある時に探索してみよう。凄く価値が高いものとかあるんじゃないだろうか。


「ありがとうございます。使わせていただきます」


 レベッカが瞳を輝かせて倉庫に駆けていくのを見送り、俺は水鏡に視線を戻した。


「三十層は広場があるだけなんですよね?」

「ええ、それもそこまで広くない空間よ」


 水鏡の視点が三十層全体を映すものに変わった。確かに……楕円の形をした三十層は、一番遠い端から端までで数百メートルしかなさそうだ。


 ここで大地の神の眷属と戦うのか……実際の場所を見ると緊張で手が震えそうになり、俺はズボンの裾をぎゅっと握りしめた。

 大丈夫だ、俺にはレベッカがいる。それに今まで必死に努力してきた。負けるわけがない。


「セレミース様、大地の神の眷属は特殊能力でダンジョンコアから魔物を溢れさせているのですよね?」

「そうよ。あなたが使える仮初の平和と同じような能力ね」

「その能力って他にできることはあるんですか?」

「確か……地殻変動という名前の能力だったはずだわ。戦う時に重要な能力は地面を動かせること。広い範囲になる程に小さな変化しか起こせないけれど、狭い範囲ならば大きな変化も起こせるのよ」


 地殻変動か……地面を動かせるのはかなり厄介だな。


「例えば地面を槍のように鋭く伸ばすとか、隆起させて壁の代わりにするとか、そういうことができるってことですか?」

「そういうことね。あとは地面を少しだけ凹ませたり、小さな落とし穴を作ったり、そういったことも一瞬でできるのよ」

 

 それはかなり厄介かもしれないな。足元が固定されないのは戦うにあたって相当なハンデだし、だからといって下ばかり見ている訳にはいかない。


「私もできる限りサポートするから、とにかく命を大切に頑張りなさい。……スタンピードの消滅を頼んでいる私が言える言葉じゃないかもしれないけれど」

「いえ、とても心強いです。ありがとうございます」


 俺がお礼を伝えるとセレミース様は綺麗に微笑んでくれて、俺はその表情を見て再度気合を入れ直した。


 それからレベッカがいくつかの弓を試し撃ちして、今までの弓よりも強くて手に馴染むものがあったので武器を変更をした。

 俺は武器を変えることはしてないけど、最後に剣をよく磨いて少しでも切れ味が鋭くなるように準備をした。


 これで……あとは戦うだけだ。


「じゃあ戻るよ」

「うん。お願い」


 水鏡を覗き込むセレミース様に合図をしてもらってダンジョンに戻ると、周囲に魔物はいなく安全に降り立つことができた。三十層に続いている階段はすぐ近くだ。


「レベッカ、階段を降りたらダンジョンコア目掛けて一直線に走るから、レベッカも付いてきて。ダンジョンコアが弓の射程圏内に入ったらすぐに撃って欲しい。俺も魔法をすぐに撃つから」


 まずはとにかくダンジョンコアの破壊を狙うのだ。運良く大地の神と眷属が神域で油断をしていて、隙をつけたらそれが一番いい。


「了解。とにかくまずはダンジョンコア狙いだね」

「うん。……じゃあ行こう」


 俺とレベッカはそれぞれの武器をギュッと握り直し、脇道から階段がある広場に躍り出た。

 ここからが本番だ。

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