第27話 ダンジョンの奥へ

 様々な種類のアント系の魔物が群れを成し、一斉にこちらへと向かってくる様子は恐怖以外の何物でもない。俺は急いで神力を操って、巨大なアイスボールを作り出す。


「アイスボール……っ」


 急いで放つと何十、数百の魔物が吹き飛ぶけど、その脇から無事だった魔物が次々と姿を現してキリがない。


「アイススピア! アイスボール!」


 個体にはスピアで単独撃破を、群れにはボールで一斉撃破を。そうして魔物を倒しているのに一向に減る気配がない。このままじゃ魔物に襲われる……その事実に体が硬直したその瞬間、レベッカが俺の手を握った。


「リュカ、全部倒すのは無理だよ。とにかく先に進むことが大切だから、進路を妨げる魔物だけを倒そう。倒さなくてもアイスウォールやロックウォールで、魔物の進路を変えるだけでもいいよ」


 俺はレベッカの手の温かさとその声に一気に冷静になり、レベッカの手のひらを一度だけギュッと握って気合を入れ直した。


「ごめん。本当にありがとう」

「うん。あと魔物の群れって言っても魔物が途切れてるところもあるし、本当に隙間なく魔物に埋め尽くされてる感じではなさそうだから、できる限り魔物の数が少ない場所を進もう」

「……確かに」

『リュカ、私も少し遠回りでも魔物が少ない道を案内するわね』

『ありがとうございます』


 レベッカのおかげで調子を取り戻した俺は順調に魔物を倒し続け、数時間が経過した。

 現在の俺とレベッカは十層にいて、魔物があまりいない脇道に入って一息ついている。意外にもスタンピード中のダンジョン内にはこういう場所があって、いつものダンジョンと同じように休憩時間は確保できるのだ。


「順調だね」

「予想以上にな。でもレベッカがいるからここまで問題なく来られてるんだ。本当に一緒に来てくれてありがとう」

「私はまだ魔物を一匹も倒してないけどね」

「ううん、それでも凄く助かってるよ。……この辺で一度神域に行って本格的に休む?」


 時計を見るとダンジョンに入って既に十時間以上が経過していたのでそう問いかけると、レベッカは少しだけ悩んでからすぐに頷いた。


「そうだね、ちょっと休もうか。そろそろ一度寝た方がいい気がする」

「確かにもう夜だもんな」


 蟻地獄はずっと洞窟型のダンジョンで昼と夜の区別がつかないけど、時間的にはいつもならベッドに入る頃だ。


「神域に行こう」


 俺が差し出した手をレベッカが取って、二人で一緒に神域へと移動した。既に見慣れた東屋の中に降り立つと、目の前にはセレミース様がいる。


「二人ともお疲れ様。ソファーに座りなさい」


 勧められるままソファーに腰掛けると、予想以上に自分が疲れていることに気づいた。これはヤバいな……もう立ち上がれる気がしない。このソファ、クッションが柔らかくて心地良すぎるんだよな。


「この調子なら予定通り、明後日には奥まで辿り着けるわね」

「はい。思っていたよりも順調に進めて驚いています」

「それほど眷属の力というのは凄いのよ。それに今回のスタンピードはアント系ダンジョンであることも幸いしたわね。これがもっと個体が強い魔物だったら、さすがにリュカでも厳しかったかもしれないわ」


 確かに……今のところ魔物を一撃で屠れているから順調なのだ。これが何度も攻撃を当てないと倒せない魔物ばかりになったら、一気に辛くなるだろう。


「奥に行っても魔物の強さはあまり変わりませんか?」

「ええ、見ている限りは同じようなものよ。だから心配はいらないわ。……問題はやはり大地の神の眷属ね」

「明後日は全力を尽くします」

「私も頑張ります」


 俺たちの決意を聞いたセレミース様は、にっこりと微笑んで手のひらを何もない草原に向けた。そして聞いたことのない言語をつぶやくと……一瞬にしてそこに小さな家が二軒も姿を現す。


「な、なんですか……これ」

「神は神域の中では比較的自由に物を作り出せるのよ。制限もあるのだけれど」

「……凄いですね。下界に持って行くことはできるのですか?」

「それはできないわ。あくまでも神域の中で使えるだけね」

 

 そうなのか。いや、それでもめちゃくちゃ便利だよな。一瞬で家を作れるとか信じられない。


「今夜はあの家で眠ると良いわ。家の中にベッドが用意してあるから使いなさい。トイレとシャワーも付いてるわよ。食事は作り出せないけれど、それはリュカが倉庫に運び込んでいたものがあったわよね」

「はい。あの、本当にありがとうございます」


 あまりにも凄い力に呆然としながらとりあえずお礼を伝えると、セレミース様は優しく微笑んでくれた。ソファーから立ち上がった俺たちは、まずは家の中を確認しようと俺が右側、レベッカが左側の家に向かう。


 ドアを開けて中に入ると……そこにはシンプルながらも、とても居心地良さそうな部屋が広がっていた。ちょっと高めの宿屋って感じだ。


「凄いな……レベッカ、そっちはどう?」

「凄く綺麗で心地良さそうな部屋だよ。ベッドはふかふかだし」


 レベッカの方の家も覗き込んでみると、作りは全く同じみたいだった。


「こんなにいい環境で寝られたら、疲れは完全に取れるな」

「本当だね。明日からは今日以上に頑張れそうだよ」


 それから俺たちは倉庫に保管しておいた屋台飯や宿屋の食事を夕食として食べ、軽くシャワーを浴びてからベッドに入った。

 ダンジョンに挑んでいる最中だとは思えない快適なベッドの中に、眠れないかもという心配は必要なく一瞬で眠りに落ちた。

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