第26話 スタンピードの最中へ
街の外に出て蟻地獄ダンジョンに向かっていると、途中で偵察に向かった三級冒険者が急いでギルドに帰る様子が確認できた。
「あの様子なら確実にスタンピードが起こることは信じてもらえるな」
「そうだね。凄く怖がってるみたいだった」
「あのダンジョンに入ったら仕方ないよな……」
本能的な恐怖心から逃げたくなるような雰囲気だった。俺たちは今からあのダンジョンに戻るんだよな……俺は震えそうになる手をキツく握って深呼吸をする。
「行こうか」
「うん」
二人で口数少なく足を進めて蟻地獄ダンジョンに再度足を踏み入れると……腹の底に響くような重低音が、全身に纏わりついてくるような錯覚に陥る。
しばらくしたら慣れるのかもしれないけど、圧倒されるな。
「やっぱり凄いね」
「下に向かったらいずれこの足音の群れとぶつかるんだよな……」
「そこからはどうやって先に進むの?」
「基本的には俺が魔法で魔物を蹴散らすよ。神力を使えるから魔法の使用にほぼ制限はないし、理論的には永遠に魔法を使い続ければ怪我なく奥までいけるはず」
ただそのためには集中力を切らしちゃいけなくて、相当厳しいだろうということは分かっている。疲れたら神域で休んでまたダンジョンに戻って進んで、それを繰り返すしかない。
「リュカ、私もできる限り援護するから」
「ありがと。頼りにしてるよ」
『セレミース様、道案内をよろしくお願いします』
『分かったわ』
セレミース様の案内に従って、興奮状態の魔物が数分おきに襲ってくる蟻地獄の中を先へ先へと進んでいく。
『そこを右よ』
『はい』
「サンダーボール」
「神力行使って本当に凄いね……ここまでの威力がある魔法を使い続けられるなんて」
「あまりにも便利すぎるというか、もはや他の人からしたらズルだよな」
予想以上にスムーズに進めるので少し余裕が出てきて、レベッカと話をしながら足だけは止めない。
「ズルだとは思わないけど、目の前で起こってることが信じられないというか、同じ存在だと思えないって感じはするかも」
「……そっか」
それは少し寂しい気がする。でも仕方ないよな……以前の俺が今の俺を見たら、余りにも強すぎて実力が違いすぎて、頑張れば届くとも思えなかっただろう。
「か、壁を感じるとかじゃないよ!? なんて言えばいいのかな……尊敬の念を感じる? いや、そうじゃなくて感動するというか……」
両手を横に振って慌てて弁明するレベッカを見ていたら、悪い意味の言葉じゃないということが分かって自然と体に入っていた力が抜けた。
「伝わったよ。ありがと」
「そう? それなら良かった」
「ウィンドカッター。……それにしても魔物が多いな」
「まだ魔物の群れには辿り着いてないのにね」
「サンダーボール」
「さっきから気になってたんだけど、ウィンドカッターとサンダーボールはどうやって使い分けてるの?」
レベッカが周囲に散らばる、サンダーボールとウィンドカッターで倒された魔物を交互に見て首を傾げた。
「大体だけど距離かな。雷魔法が一番弱い力で倒せるんだけど、近くで雷魔法を使うと肌にピリピリ刺激が来てあんまり好きじゃないんだ」
「ああ〜、確かに。サンダーボールで倒されてるのは遠くの魔物が多いね」
「うん。だから魔物の群れを倒す時に雷魔法は使えないと思うんだけど……風魔法も大量の魔物を倒すには微妙なんだよな」
風魔法はアント系に効果が高いし近くで使っても俺たちに影響はないからいいんだけど、攻撃が何かに当たると威力が一気に無くなるのだ。要するに強い一匹に攻撃するには向いてるけど、弱い魔物が何匹も連なっているところに攻撃するのには向いていない。
「他の魔法にする?」
「そう思ってる。今のところ一番良さそうなのは氷魔法かな」
最初に色々と試してみた結果、氷魔法はアント系の魔物にかなり効果があるし、何よりもアント系の魔物は寒さに弱いのか氷魔法を使うと動きが鈍くなった。
「氷魔法ね。じゃあ私は足を滑らせないように気をつけないとかな」
「そうだな。近くの地面を凍らせることはしないと思うけど、放ったアイスボールの破片が落ちてることはあると思う」
「分かった。気をつけるね」
『リュカ、そこを左に曲がると坂道があって五層に行けるわ』
『了解です。ありがとうございます』
セレミース様の言葉通りに坂道があって、それを下さって五層に入ると……さっきまでも絶え間なく聞こえてきていた重低音が一気に大きくなった。そろそろ群れと遭遇することになるかもしれない。
『リュカ、この層に群れはいるわ。そうね……あと二十分ほどでぶつかるでしょう』
『……分かりました。遂にですね』
『ええ、ただそこまで緊張しなくても大丈夫よ。眷属の力があればアント系の群れなんて脅威にならないもの。油断はしないように気をつけなさい』
『はい。気をつけます』
セレミース様は大丈夫だと言ってくれるけどやっぱり恐怖心はなくならず、俺はドキドキとうるさい心臓の音を聞きながらレベッカと共に奥へと進んだ。
そして曲がり角を曲がった先、一本道の奥に……魔物の群れを発見した。
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