第25話 スタンピードの兆候とギルドマスター

 蟻地獄と呼ばれるダンジョンの中の様子は……以前とは全く異なっていた。ドドドドッという何かが大量に駆けるような重低音がダンジョン中に響き渡り、地面が小刻みに揺れていて、魔物の数が明らかに多い。

 さらに下層でスタンピードが起きていることで上層の魔物も興奮しているのか、以前に見た時よりも好戦的で動きが活発だ。


「これは……明らかに兆候があるな」

「本当だね。……魔物を倒して素材を手に入れる必要はないんじゃないかな」

「俺もそう思う。これならダンジョンに入ってそのヤバい雰囲気からすぐ逃げてきたって方が不自然じゃないな」


 すぐにそう結論づけた俺たちは、そのままダンジョンを出て街に戻った。ダンジョン内の異様さから無意識のうちに街へと戻る足が速くなり、ギルドに着いた頃にはかなり息が上がっていて皆の注目を浴びる。


「そんなに慌ててどうしたんだ? 大丈夫か?」


 入り口近くにいた冒険者がそう話しかけてくれたところで、俺はギルド中に聞かせることを意識して声を張った。


「た、大変だ……!」


 俺が叫んだことでギルド中の視線が一気に集まる。何気なく周囲を見回すと、二人ほど等級が高い冒険者がいるみたいだ。この二人が冒険者をまとめてくれたらいいんだけど。


「スタンピードだ! 蟻地獄でスタンピードが起きる!」

「……どういうことだ?」


 スタンピードという言葉に、一気にギルドの中には緊迫した雰囲気が漂った。何人かのギルド職員が二階に上がって行ったから、ギルドマスターに報告してくれるのかもしれない。


「リュカの勘違いなんじゃねぇのか?」


 俺のことをよく思っていない冒険者が馬鹿にしたように吐き捨てたけど、俺はすぐに首を横に振った。


「そんなことはない。あれは明らかにスタンピードの兆候だった」

「お前の言葉なんか信じられねぇよ。ただちょっと強い魔物がいただけじゃねぇのか?」

「おい、そう頭から否定するのは良くない。リュカ、どういう兆候があったんだ?」


 別の冒険者が冷静にそう聞いてくれたことに安堵して、俺は一度大きく息を吸い込んでから口を開く。


「魔物が大量に動くような重低音が聞こえて、ダンジョン一層の地面が小刻みに揺れていた。さらに一層にいる魔物はかなりの興奮状態だった。前に蟻地獄には入ったことがあるけど、明らかに様子がおかしかった。前に本で読んだスタンピードの兆候と一致する」


 俺のその言葉に、大半の冒険者は顔を強張らせる。


「レベッカも、リュカと同じ意見か?」

「うん。とにかく普通じゃない様子だったよ」

「……分かった。まずはギルドマスターに報告だ。それから俺は偵察に行ってくる。蟻地獄はすぐそこだからな。俺がリュカと同じ感想を持ったなら、スタンピードはほぼ確実だろう」


 三級冒険者のその男性が偵察を請け負ってくれて、ギルド職員に声をかけてからギルドを出て行った。これならあの冒険者が戻ってくれば、スタンピードが起こるという事実を信じてもらえないということはないだろう。


 俺たちは男性が出て行ったすぐ後に、職員に呼ばれてギルドマスターのところに案内される。


「失礼します」


 レベッカと一緒にギルドマスター室に入ると、そこにいたのはガタイが良くて眼光鋭い、五十代ぐらいに見える男性だった。

 五級冒険者の俺はギルドマスターに会う機会なんかなくて、顔を見たのは初めてだ。


「お前らがスタンピードの兆候を感じ取ったんだな?」

「はい。リュカです」

「私はレベッカです」

「俺はエドモンだ。冒険者ギルドのアルバネル王国、王都アバル支部のギルドマスターをしている。アルバネル王国にあるギルドの統括をする役割もしている。よろしくな」


 それって……めちゃくちゃ凄い人だよな? 俺は一気に緊張して滲んだ手汗をズボンで拭った。


「兆候について細かく説明してくれ」

「分かりました」


 それから俺はさっき下で説明したことと同じ内容を、さらに詳しく説明した。エドモンさんは俺の話が進むにつれて眉間の皺を増やしていく。


「……それはほぼスタンピードで確定だな。兆候が一層で感じられるということは、魔物が溢れ出して来るまであまり時間がないだろう。できる限り早くダンジョンの入り口の周りを討伐隊で固めなければ……まずは冒険者をかき集め、国に連絡して騎士団を派遣してもらうか。あいつとあいつに連絡をして…………」


 エドモンさんはこれからのことについて考えをまとめているようで、ぶつぶつと今後の動きを呟いている。

 この様子なら問題なくスタンピードへの対処をしてくれそうだな。


 俺は未だ考え込んでいるエドモンさんから視線を逸らして、レベッカと顔を見合わせた。


「これならダンジョンに向かっても大丈夫そうだな」


 エドモンさんには聞こえないように小声でそう呟くと、レベッカは頼もしく頷いてくれる。


「エドモンさん、俺たちはそろそろいいでしょうか?」

「ああ、すまない。報告感謝する。この騒動から街を守り切ることができた時には、二人には報酬を渡そう」

「ありがとうございます」


 俺とレベッカはエドモンさんに挨拶をして、これからダンジョンに向かうことは告げずにギルドマスター室を後にした。

 ダンジョンに潜ることは誰にも告げるつもりはない。誰かに話したら、確実に止められるからな。


「レベッカ、行こうか」

「うん」


 俺とレベッカはスタンピードの可能性ありという情報に混乱するギルド内をそっと抜けて、街の中を駆け抜けた。

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