第24話 レベッカに報告

 日が昇り始めた時間にハッと目が覚めた俺は、ベッドから飛び起きて窓から外を眺めた。まだ魔物に蹂躙はされていない。いつも通りの穏やかな街の風景だ。


「……とにかく、急がないと」


 気が急いてしまってレベッカとの待ち合わせ時間まで待っていられなかったので、宿の従業員に頼み込んで早めに朝食を作ってもらった。

 そして本格的に明るくなり始めた頃に宿を飛び出して、駆け足で向かったレベッカの家の玄関ドアをノックする。


「朝早くにすみません。レベッカさんのパーティーメンバーでリュカです」


 近所迷惑にならないように小声で声をかけると、中からドタバタっと足音が聞こえてドアが内側から開いた。


「リュカ、どうしたの? 何かあった?」


 レベッカは俺が突然来たことに驚いているけど、いつも通りの様子だ。アドルフのことがトラウマになってなくて良かったな……でもしばらくは様子をちゃんと見ておかないと。


「実は昨日の夜にセレミース様から重要な話があって、ちょっと場所を移動できる?」

「うん、ちょっと待ってて」


 レベッカはセレミース様からの話という言葉に真剣な表情になり、急いで部屋の中に戻っていった。そして数分でいつもの格好のレベッカが姿を現す。手には朝食で食べる予定だったのだろう、たくさんの具材が挟まれたパンがある。


「待たせてごめん。リュカの宿に行くのでいい?」

「こちらこそ急がせて本当にごめん。宿に戻るのは少し不自然だから……人気のない路地裏に行こう」


 この辺に詳しいレベッカの案内で薄暗い路地に入った俺たちは、二人で神域に向かう。内緒話にはここが一番なのだ。


「あら、レベッカを連れてきたのね」

「はい。昨日のことを話しておこうと思いまして」


 それからレベッカにもスタンピードのことを説明すると、レベッカは自分が生まれ育った街が危ないという事実に顔色を悪くした。


「蟻地獄のスタンピードだなんて……しかも大地の神の眷属が起こしているとか、許せない」


 レベッカは拳を固く握りしめて瞳に怒りの炎を燃やす。そしてそれから数十秒ほど場を沈黙が支配し……レベッカがその沈黙を破った。


「リュカ、私も一緒に連れていって。お願い」

「いや、さすがにそれは無理だ。レベッカが付いてきたらどれほど危ないか」

「でもそれはリュカだって同じでしょ? リュカは確かに眷属でとても強いけど、普通の人間なんだよ。一人でできることは限られてる。同じ神の眷属と戦うなんて、結果がどうなるか……私が弓で援護すれば役に立てると思う。だからお願い」


 確かに……大地の神の眷属と戦うことになるのはかなり怖い。能力で大きく上回れることはないのだから、後は自力の勝負だ。

 そうなったら、仲間が一人いるだけで心強いだろう。


「役に立たなかったら神域に放り込んでくれればいいから。お願い、連れていって欲しい。リュカが一人で苦しんでるのは嫌なの」


 俺はレベッカの真剣な眼差しに首を横に振ることはできず、危なかったら神域に連れていくという条件でレベッカにも同行してもらうことにした。


「リュカ、ありがとう」

「いや、こちらこそありがとう。……実を言うと一人で行くのは心細かったんだ」


 思わず本音をぽつりと溢すと、レベッカは俺の心情を察していたのか優しい笑みを浮かべてくれる。


「じゃあ私は既に少しは役に立ってるのかな?」

「……うん、レベッカのおかげで緊張が和らいだ」

「それなら良かった。一緒に頑張ろうね」

「もちろん。絶対にこの街を救おう」


 決意を固めてお互いを鼓舞し合った俺たちは、水鏡で下界の様子を見て誰もいないことを確認してから裏路地に戻った。そして依頼を受けずにそのまま街を出る。


 ギルドの依頼受注受付が始まるのはもう少し後の時間なので、そこまで待っていられなかったのだ。依頼を受けずに素材目当てでダンジョンに潜ることもあるし、今日の俺たちはアント系魔物の外殻狙い、という設定だ。


「蟻地獄って王都からかなり近いんだよね?」

「うん。森の中にある岩の隙間に入り口があるんだ。だから長年発見されなかった。急げば……二十分ぐらいで着くかな」


 外門を出て少しだけ街道を進み、途中で森に入ってダンジョンのために作られた細い道を進む。すると見えてきたのは……高く聳え立つ岩山だ。この岩山の隙間にダンジョンの入り口がある。


「あそこだ」

「あっ、本当だ。凄いところにあるね」


 ダンジョンの入り口は基本的には洞窟のようになってるけど、ここも例に漏れず岩山にぽっかりと穴が空いてダンジョンの入り口ができている。


「中で何匹か魔物を倒して素材を手に入れよう。それでギルドに慌てて戻ったように見せて報告する」

「分かった。スタンピードの兆候って実際は分かるものなの?」

「情報があんまりないんだけど、確か前に何度かスタンピードを事前に察知できたことがあって、その時は冒険者がヤバい数の魔物の足音を聞いたとか、ダンジョンが僅かに振動してたとか、色々と兆候はあったらしいよ」


 今回もそういうのがあったらいいんだよな……それなら例え俺たちの言葉が信じてもらえなくても、調査隊を送ってくれさえすればすぐ兆候に気づくだろう。


「とにかく入ろう」

「そうだね」


 レベッカと顔を見合わせて頷き合ってから、俺たちはダンジョンの中に足を踏み入れた。

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