最終話

 演奏は終わった。誰一人口をきく者はいなかった。

 あちこちですすり泣きが聞こえ、しばらくして大きな拍手が沸き起こった。

「こんなのCDには無かった。完全オリジナルだ。すげえ」

 べそをかくような声で、岸本が言った。

 リーシャンは車いすに戻り、舞台そでのスロープを降りて客席へやって来た。

新進気鋭しんしんきえいのテルミン奏者、琳莉静リン リージンさんの演奏でした」

 岸本の声はまだ震えている。車椅子は主賓席しゅひんせきの前へ進み、リーシャンは彰人あきと志乃ゆきのに丁寧に頭を下げた。

「おめでとうございます」

 彰人に向かってそう言う。

「ありがとう」

 リーシャンの手を握って、彰人が涙声で答える。小さく頷いて、リーシャンは志乃に向き直った。うつろに見えていた眼には、今、優しい光が差しているように思えた。迷いから解き放たれ、心が澄み切ったように。

 はかなげなたたずまいはそのままで。けれど、守ってあげないといけないリーシャンは、そこにはいなかった。包み込むような優しい眼差しは、志乃の胸の奥に残っていた小さな氷の欠片かけらを溶かし、暖かな一滴ひとしずくに変えた。

「リーシャン」

 まともに声が出なかった。消えそうにかすれた自分の声は、ちゃんと彼の耳に届いただろうか。

莉静リージン、ですよ」

 そう言った後、彼は微笑んだ。花のつぼみが開くようにふんわりと優しく、とてもおだやかに。

「おめでとう、ユキノ」



                               終わり

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深海の囚人 古村あきら @komura_akira

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